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10 モスクワ蜂起

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1905年12月―モスクワ出発前夜

アルラウネと袂を分かち、共に暮らしていたアパートを出たアレクセイとユリウス、そしてドミートリィは、取るものも取りあえず市内の宿屋に身を寄せた。


「ユリウス―」

アレクセイの真剣な表情に思わずユリウスは居住まいを正す。

「ユリウス―。すまない。俺は…モスクワへ行く。あそこではまだ仲間たちが、祖国の解放をかけて決死の戦いをしているんだ。だから俺も―ボリシェビキに身を投じて…モスクワで戦おうと思う」

「!!―。…ぼくも行…」

「だめだ!!― それはダメだ。ユリウス」

‟一緒に行く“と言おうとしたユリウスをアレクセイが制する。

「なぜ…?」

「お前は…ここでミーチャと…ドミートリィと一緒に待っていて欲しい。モスクワは…おそらく血で血を洗う凄惨な戦場となってるだろう…。そんな場所にお前を…お前たちを連れてはいけない」

「だったら尚更…!」

「お前は―、母親だろう?!…頼む。俺がモスクワへ行っている間…ミーチャを守り…立派に育て上げてくれ。…頼む」

アレクセイの苦渋に満ちた表情と「母親だろう」という言葉に、ユリウスは瞳いっぱいに溜まった涙を堪えながら力強く頷いて見せた。

「ありがとう…」
―これで俺は思い残すところなくモスクワへ行ける。

そう言ってアレクセイはユリウスの細い身体の感触を、自らの両手に刻み付けるように強く強く抱きしめた。



そしてその翌日―。

「じゃあ、行くからな」
―くれぐれも、ドミートリィを…息子を頼んだぞ。

アレクセイがユリウスの金の頭を引き寄せて、熱い口づけを交わす。

「行ってらっしゃい。…ずっと…あなたが帰って来るのをずっと待っているから」

涙を堪えた泣き笑いのような表情でユリウスが宿屋の部屋を出て行くアレクセイを見送る。

―パタン

ドアが閉まり、最愛の夫の足跡がだんだんと遠ざかっていく。

頬を伝う涙を手の甲で拭うとユリウスは息子を抱いて窓辺へと移動する。

宿屋の外に出たアレクセイが―、一瞬歩みを止め、ユリウスのいる部屋の窓の方を振り返る。

その夫に向けて、ユリウスは彼女の腕の中でスヤスヤと眠る愛息を差し出すように掲げた。

作品名:10 モスクワ蜂起 作家名:orangelatte