11 Fortuna Imperatrix Mundi
1905年12月某日
モスクワ蜂起に敗れたボリシェビキが首都サンクトペテルブルクに移送されてきた。
そのボリシェビキ達が衆目の前で罪状を言い渡される、その徒刑場はペテルスブルグッ子で溢れかえり、息もつけぬ程であった。
また、皇帝や貴族、富裕階級に虐げられて来た自分たち民衆を救わんと立ち上がった勇気ある闘士たちに、この広場いっぱいに集まった民衆はいたく同情的であった。
幾度となく彼らの勇気を讃える声が―、そして彼らを制圧した軍を詰る声が民衆から上がり、その度に警備の兵士が威嚇の為に発砲し、場内は異様な熱気に包まれていた。
やがて首に罪状がかけられ、手を後ろ手に縛られ、腰に縄をうたれた屈辱的な姿で捕らえらたボリシェビキの面々が現れた。
ミハイルに連れられ徒刑場にやって来たユリウスは、その腰縄をうたれた一行の中に―、一際若く、そして頭一つ背の高い夫の姿を見つける。
「こっちだ」
ミハイルが、子供を抱いたユリウスの肩を抱き、群衆をかき分け、彼女を前の方へ導いた。
「…ありがとう。ミハイル」
ユリウスのその言葉には何も返さず、ミハイルは燃えたぎるような目で正面の徒刑台を睨みつけていた。
「始まるぞ…」
ミハイルが前を見据えたまま、低く呟いた。
今回の反乱で捕らえらたボリシェビキの革命家たちが、名前を呼ばれ一人ずつ徒刑台に上がる。
「…アレクセイ・ミハイロフ」
その名前が呼ばれ、ユリウスの両肩がビクンと反応する。
そして、名前を呼ばれや否や、群衆から湧き起こる歓声と「アレクセイ」コール。
異様な熱気に再び警備兵が空に向けて発砲する。
「アレクセイ・ミハイロフ。― ペトロパプロフスク要塞へ監禁の後―、死刑」
― 死刑…死刑…。
罪状を読み上げる係吏の声が銅鑼のようにユリウスの耳の奥でワンワンと鳴り響く。
地面が崩れ落ちるような感覚に思わずユリウスがよろめいた所に、間一髪でミハイルが彼女の両肩を支えた。
「しっかりしろ!お嬢ちゃん。― 徒刑場に連れて行けと言ったのは…あんただろう?」
低く鋭い声でミハイルがユリウスの耳元で囁く。
その言葉にユリウスはハッとその場に踏み止まった。
「お嬢ちゃんは―、やめてって言ったでしょ?」
肩を支えてくれたミハイルを碧の瞳で軽く睨む。
「ならしっかりしろ!」
ミハイルはそう言うとユリウスの両肩を支えて今一度しっかりと立たせ、背中をポンと叩いた。
「だね…。ありがとう。ミハイル」
ユリウスは徒刑台の上で胸を張って立ち、皇帝のいる宮殿を、そして兵士を見据えているアレクセイに向かって、被っていたショールを僅かにずらした。
大勢の人混みの中でも一際目につく彼女の鮮やかな金髪が、徒刑台の上のアレクセイの瞳を捉えた。
徒刑台の上の夫の目が自分を捉えた事を感じたユリウスは、腕に抱いたドミートリイを高く掲げ持った。
アレクセイの鳶色の瞳とユリウスの碧の瞳がぴたりと合い―、そしてアレクセイは妻に向かって大きく頷く。
ユリウスも、アレクセイに向かって小さく頷いた。
モスクワ蜂起に敗れたボリシェビキが首都サンクトペテルブルクに移送されてきた。
そのボリシェビキ達が衆目の前で罪状を言い渡される、その徒刑場はペテルスブルグッ子で溢れかえり、息もつけぬ程であった。
また、皇帝や貴族、富裕階級に虐げられて来た自分たち民衆を救わんと立ち上がった勇気ある闘士たちに、この広場いっぱいに集まった民衆はいたく同情的であった。
幾度となく彼らの勇気を讃える声が―、そして彼らを制圧した軍を詰る声が民衆から上がり、その度に警備の兵士が威嚇の為に発砲し、場内は異様な熱気に包まれていた。
やがて首に罪状がかけられ、手を後ろ手に縛られ、腰に縄をうたれた屈辱的な姿で捕らえらたボリシェビキの面々が現れた。
ミハイルに連れられ徒刑場にやって来たユリウスは、その腰縄をうたれた一行の中に―、一際若く、そして頭一つ背の高い夫の姿を見つける。
「こっちだ」
ミハイルが、子供を抱いたユリウスの肩を抱き、群衆をかき分け、彼女を前の方へ導いた。
「…ありがとう。ミハイル」
ユリウスのその言葉には何も返さず、ミハイルは燃えたぎるような目で正面の徒刑台を睨みつけていた。
「始まるぞ…」
ミハイルが前を見据えたまま、低く呟いた。
今回の反乱で捕らえらたボリシェビキの革命家たちが、名前を呼ばれ一人ずつ徒刑台に上がる。
「…アレクセイ・ミハイロフ」
その名前が呼ばれ、ユリウスの両肩がビクンと反応する。
そして、名前を呼ばれや否や、群衆から湧き起こる歓声と「アレクセイ」コール。
異様な熱気に再び警備兵が空に向けて発砲する。
「アレクセイ・ミハイロフ。― ペトロパプロフスク要塞へ監禁の後―、死刑」
― 死刑…死刑…。
罪状を読み上げる係吏の声が銅鑼のようにユリウスの耳の奥でワンワンと鳴り響く。
地面が崩れ落ちるような感覚に思わずユリウスがよろめいた所に、間一髪でミハイルが彼女の両肩を支えた。
「しっかりしろ!お嬢ちゃん。― 徒刑場に連れて行けと言ったのは…あんただろう?」
低く鋭い声でミハイルがユリウスの耳元で囁く。
その言葉にユリウスはハッとその場に踏み止まった。
「お嬢ちゃんは―、やめてって言ったでしょ?」
肩を支えてくれたミハイルを碧の瞳で軽く睨む。
「ならしっかりしろ!」
ミハイルはそう言うとユリウスの両肩を支えて今一度しっかりと立たせ、背中をポンと叩いた。
「だね…。ありがとう。ミハイル」
ユリウスは徒刑台の上で胸を張って立ち、皇帝のいる宮殿を、そして兵士を見据えているアレクセイに向かって、被っていたショールを僅かにずらした。
大勢の人混みの中でも一際目につく彼女の鮮やかな金髪が、徒刑台の上のアレクセイの瞳を捉えた。
徒刑台の上の夫の目が自分を捉えた事を感じたユリウスは、腕に抱いたドミートリイを高く掲げ持った。
アレクセイの鳶色の瞳とユリウスの碧の瞳がぴたりと合い―、そしてアレクセイは妻に向かって大きく頷く。
ユリウスも、アレクセイに向かって小さく頷いた。