11 Fortuna Imperatrix Mundi
「アレクセイ!どうか頑張って!アレクセイ‼ そのうちにきっと皇帝のお赦しが出るよ。ぼくは毎日あなたのために神さまにお祈りします!」
徒刑台を降りたアレクセイに小さな子供が走り寄る。
おそらく貴族の子弟なのだろう。身なりの良い服装をしている。
その子は涙ながらにアレクセイを励まし、子供を掲げて見せたユリウスの様子も一部始終見ていたのだろう、その後ユリウスの方へ駆け寄ると、
「アレクセイの奥様ですか?元気を出して!きっと皇帝陛下が恩赦を出して下さるよ!…希望を捨てないで」
と、幼い瞳に涙を浮かべて激励してくれた。
「…ありがとう。君は優しい子だね」
徒刑場の絶望のどん底でかけられた思いがけず優しい言葉に、ユリウスはその少年の頰を優しく撫でた。
「リュドミール!」
低いよく通る声と共に―、軍服姿の上背のある男が少年の元にやって来た。
― さあ…。リュドミール様…。
側に付いていたその男の部下と思われる下士官が、リュドミールの背中に手をやり、馬車へ戻るよう促す。
「希望を持って!…未来を信じて!」
下士官に背中を押されながらも、リュドミールは尚もユリウスへ激励を送り続ける。
― あの男は…。
― ユスーポフ侯爵…。
― ほら、今回のモスクワ制圧の立役者の…。
群衆から聞こえてくる声に、ユリウスはこの目の前の軍人が、夫の宿敵である事を知る。
リュドミールと呼ばれたその男の、―息子だろうか、それとも年の離れた弟だろうか―、が、馬車へ戻されると、その男とユリウスは向き合う形となった。
長身の目の前の男がユリウスを上から睥睨し、鼻で笑う。
自分の事をー、夫を、革命家たちの想いを鼻で笑われたユリウスは、燃えるような激しい眼差しで、その目の前の男を睨みつけた。
― ほぅ…
革命家などに愛を捧げる愚かな女だとはなから見下し、蔑んでいた目の前の女―、女といってもまだ少女と言ってもよい年端もいかない無力な娘に、むき出しの敵意と憎悪を向けられたその男―、レオニード・ユスーポフ侯爵は、面白そうな表情さえ浮かべ、その目の前の女の敵意を余裕で受け止める。
どのぐらいの間、そうしていただろうか。
不意に徒刑場を吹き付けた強風が、ユリウスの被っていたショールを吹き飛ばす。
ユリウスの鮮やかな長い金髪が風に舞う。
それは、―まるで彼女の身体から発散される、怒りの気焔のようだ―、とレオニードは埒もなくそう思った。
「おい!何やってんだ‼…行くぞ!」
その時、帽子を目深に被ったミハイルに腕を掴まれ引き摺られるように、ユリウスは徒刑場を後にした。
「侯」
― そろそろ…
レオニードの後ろから、先程の部下が近づいてきて小さく耳打ちする。
「屋敷へ戻る。ロストフスキー大尉、馬車を警護しろ」
低いよく通る声でロストフスキーと呼ばれた部下にそう命ずると、踵を返し、いかにも軍人然とした歩みで、彼もまた徒刑場を後にした。