11 Fortuna Imperatrix Mundi
― ふ…。あの娘。無力な…なんの力も持たぬくせに、この私を正面切って睨みつけてきた…。
屋敷へ戻ってからも、レオニードの脳裏に―、不思議といつまでも、徒刑台の前で対峙した、眩い金の髪に燃えるような碧の瞳の、赤子を腕に抱いた、アレクセイ・ミハイロフの若い妻の姿が鮮やかに焼きついていた。
書斎の重厚なオークの執務机に掛けると、書類を認め、ロストフスキー大尉を呼ぶ。
「ロストフスキー」
「は!」
「この書類を…宮廷へ。バリャティンスキーには話を通してある。至急彼の秘書の所へ持って行ってくれ」
封蝋がされた書簡をロストフスキーに託す。
「これは…?」
「減刑嘆願書だ。―アレクセイ・ミハイロフのな…。急を要するので悪いが急いでくれ」
「は!畏まりました」
短く返事をするとロストフスキーはその書簡を懐に、書斎を後にした。
屋敷の門を出るロストフスキー大尉の姿を書斎の窓から眺めながら、レオニードは葉巻に火をつける。
― 私としたことが、あんな小娘に情をかけるとは…。― アレクセイ・ミハイロフ…女房のお陰で、命拾いしたな。
レオニードが燻らせた葉巻の紫煙が、書斎に立ち昇った。