24 目覚め
「意識を取り戻したと…」
その日の夜半に帰邸したレオニードがヴェーラから報告を受けて、離れの棟へと向かう。
ノックの後に「どうぞ…」という澄んだソプラノで返事が帰って来た。
クッションを背中に当ててベッドの上に上体を起こしていたユリウスは、まだ先ほどの鎮静剤が残っているのか、かつて刑場で相見えたときの強く激しい瞳の輝きは影を潜め―、夜の海のように深く沈み込んだ碧の瞳は茫洋と虚空を彷徨っていた。
そんな彼女にレオニードが近づき、ベッドの縁に腰かけ彼女に視線を合わせる。黒い瞳で射すくめられたユリウスの両肩がビクリと震える。
「名前は…?名前を言ってみろ」
レオニードのその問いに、ユリウスの両の碧の瞳が再び不安そうに揺れる。何か答えようと唇が微かに動くが、聞かれた問いの答えが彼女の口から出て来るかわりに―、途方に暮れたように「わからない…」と一言答え、ついに両手で顔を覆ってシクシクと泣き出した。
しばらくその様子を茫然と眺めていたレオニードは、肩を震わせ両手で顔を覆い、まるで迷子になった幼子のように泣き続けるユリウスのその細い肩に、おずおずと手を伸ばした。
身体中に怪我を負った彼女の傷に触らぬようまるで壊れ物を扱うかのようにそっと優しくその背中を抱きしめ、その背中に流れる長い金の髪を優しく撫で続ける。
やがてレオニードに優しく宥められたユリウスの嗚咽が収まり、涙に濡れた顔を上げる。
白い頬に影を落とす長いまつ毛を濡らす涙を、レオニードはそっと指の腹で拭ってやると彼女の頬を両手で包み、優しく語りかけた。
「思い出せぬのなら…無理をせずともよい。怪我が快復して記憶が戻るまで、ここで療養するがいい。私の名はレオニード。それからあそこにいるのは私の妹のヴェーラだ」
「…レオニードと…ヴェーラ?」
「そうだ。お前も不安だろうが、まずは怪我の回復に励むことだ」
上体を優しく抱き寄せられたレオニードの腕の中でユリウスがコクリと頷く。
「しかし…名前がないのは何かと不便だから…。そうだ、お前の事は―、イゾルデと呼ぼう」
「イゾルデ?」
「中世の物語に出てくる―美しい金の髪を持った乙女の名前だ」
―お前を呼ぶのにぴったりであろう?
レオニードがユリウスの長い金髪を一房手に取った。
その自分の金の髪を見つめながら、再びユリウスがコクリと頷いた。
作品名:24 目覚め 作家名:orangelatte