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31 寵姫

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「もう間もなく旦那様がお見えになりますよ。御髪を結いましょう」

ドレスに着替えたユリウスを女中がドレッサーの前に座らせ、髪にブラシをあてる。

まだ怪我の影響で腕を長く上げていられないユリウスは大人しく頭を女中に預ける。

「相変わらず綺麗な御髪でらっしゃいますね。カーラーで細かく巻いてアップになさいますか?」

「…ううん。そのまま下ろしておいて。顔まわりだけ纏めて下さい」

ユリウスの素っ気ない返事に女中はややつまらなそうな表情を浮かべる。

「そうでございますか…。これでよろしゅうございますか?」

顔まわりのみを編んで後ろで纏め、シルバーとダイヤの小さな飾りピンを散らす。

「…ピンは外していい?リボンだけにしといて」

― 綺麗だけど…辛気臭い娘…。

せっかく綺麗に飾り立てた髪飾りを外せと言われて、女中は小さく溜息をつくとやや乱暴に飾りピンを外し始めた。

「痛っ」

ピンに髪が引っかかり、ユリウスが小さく声を上げる。

「あら、ごめんなさいよ。もうすぐ旦那様がいらっしゃるから、こちらも急いでたのでね!」

つっけんどんにそう言って髪のピンを外し、編んだ髪の結び目にドレスにあしらわれたブルーのリボンと同じ色のリボンを結ぶ。

鏡に映るその髪型に、ユリウスの靄に覆われた過去のピースが再びチカっと点滅する。

― カミヲ、ユイマショウ。

以前も自分は誰かにこのように髪を結ってもらったような気がする…。

思わず姿見に映る自分の背後に過去を見出すかのように、鏡の自分を凝視する。

しかし、鏡に映るのは結局ー、飾り立てられた「今」の自分の姿と中年の女中の恰幅の良い胴回りだけだった。

「何ボッとしてるんです?旦那様がお見えになると言ったでしょう?」

女中の苛ついた声にユリウスがハッと我に返る。

「ごめんなさい」

ゴールドベージュのドレスの裾を軽くつまみ上げ、ドレッサーの前を立つ。

「寵姫の分際で旦那様を待たせるなんて…いいご身分だね」

部屋を出て食堂へ向かうユリウスの背中に聞こえよがしに女中の声が刺さってくる。

ユリウスは下を向いて唇を噛みしめると、早足にその場を離れた。
作品名:31 寵姫 作家名:orangelatte