36 別れ
だいぶ身体が快復したユリウスが離れのサロンの小さなグランドピアノを弾いている。
三連符にのせられた緩やかなメロディは儚い美しさで心を打つが、まるでふっと風に吹かれてどこかへと流れ去ってしまいそうなそんな不安定さが胸に広がっていく。
最後の和音を弾き終わり、余韻に浸りながらそっと鍵盤から両手を離したユリウスにヴェーラが拍手を贈る。
「綺麗な曲ね。…なんという曲?」
その問いにユリウスはまつ毛を伏せて首を横に振った。
「…分からない。でも耳と手が憶えていたの」
「そう。だいぶ右腕の傷も癒えてきたようね。さあ、お茶にしましょう」
ヴェーラに促されユリウスがピアノの前から立ち上がる。
その時彼女が弾いていた曲は―、シューマンのピアノ曲集『森の情景』の終曲「別れ」。
奇しくも彼女自身もまた、記憶とアイデンティティの喪失という深い「森」の情景から別れを告げる時が迫っていたのは、その時は彼女も―、だれも知る由もなかった。
三連符にのせられた緩やかなメロディは儚い美しさで心を打つが、まるでふっと風に吹かれてどこかへと流れ去ってしまいそうなそんな不安定さが胸に広がっていく。
最後の和音を弾き終わり、余韻に浸りながらそっと鍵盤から両手を離したユリウスにヴェーラが拍手を贈る。
「綺麗な曲ね。…なんという曲?」
その問いにユリウスはまつ毛を伏せて首を横に振った。
「…分からない。でも耳と手が憶えていたの」
「そう。だいぶ右腕の傷も癒えてきたようね。さあ、お茶にしましょう」
ヴェーラに促されユリウスがピアノの前から立ち上がる。
その時彼女が弾いていた曲は―、シューマンのピアノ曲集『森の情景』の終曲「別れ」。
奇しくも彼女自身もまた、記憶とアイデンティティの喪失という深い「森」の情景から別れを告げる時が迫っていたのは、その時は彼女も―、だれも知る由もなかった。
作品名:36 別れ 作家名:orangelatte