37 夢のあとに
「イゾルデ!」
主のいない閑散とした部屋にレオニードの声が空しく響き渡る。
「イゾルデ…ユリアならば、すべてを思い出して…元の世界へ帰って行きました」
「な…?!」
背後に聞こえたヴェーラの声にレオニードが振り返る。
「勝手なことを…!」
「勝手な事?では、お兄様のしていた事は…何ですの?あの娘…家族がいたのではないですか。可哀想に…坊やのことを思い出して涙を流してました。…怪我をしている人間を屋敷で介抱するのは保護ですが、その人間の意思に反して監禁し続けるのは…誘拐ではありませんか?」
「なぜ…私に黙ってあの娘を…」
「ではあの娘に会って…すべての記憶を取り戻したあの娘に会ったところで…お兄様はどうなさるつもりでしたの?」
レオニードの言葉を制したヴェーラの正論に、レオニードは返す言葉もなく、その部屋の―、よくユリウスが腰かけていた籐椅子にどさりと身体を沈めた。
「お兄様…もう…媚薬の効き目は切れたのです。ですが…ユリアは…お兄様のかけてくれた愛情に…心から感謝しておりましたわ。…これでよかったのです」
「ああ…。やもしれぬな」
「これを」
ヴェーラが一通の手紙をレオニードに手渡した。
「ユリアが屋敷を去った後に…ベッドの上に置かれておりました。お兄様宛ですわ」
レオニードがその手紙を開封する。
その手紙はただ一言―。
《ありがとう。レオニード》
とだけ書かれていた。
― 礼を言うのは…私の方だ。ユリア。
今でも腕に残る彼女の細い身体の感触、柔らかな金の髪、囁くような高く澄んだ声、微笑みかける宝石のような碧の瞳、そして白い頬を伝った海中に立ち上る泡沫のような美しい涙…。
束の間ではあったが、去って尚レオニードの心に彼女が遺した面影は―、レオニードの心を満たして余りあるものだった。
― 私には…この心に残るお前の俤だけで―、十分だ。…幸せになるがいい。
万感の思いでレオニードはその手紙をジャケットの内ポケットにしまい込んだ。
主のいない閑散とした部屋にレオニードの声が空しく響き渡る。
「イゾルデ…ユリアならば、すべてを思い出して…元の世界へ帰って行きました」
「な…?!」
背後に聞こえたヴェーラの声にレオニードが振り返る。
「勝手なことを…!」
「勝手な事?では、お兄様のしていた事は…何ですの?あの娘…家族がいたのではないですか。可哀想に…坊やのことを思い出して涙を流してました。…怪我をしている人間を屋敷で介抱するのは保護ですが、その人間の意思に反して監禁し続けるのは…誘拐ではありませんか?」
「なぜ…私に黙ってあの娘を…」
「ではあの娘に会って…すべての記憶を取り戻したあの娘に会ったところで…お兄様はどうなさるつもりでしたの?」
レオニードの言葉を制したヴェーラの正論に、レオニードは返す言葉もなく、その部屋の―、よくユリウスが腰かけていた籐椅子にどさりと身体を沈めた。
「お兄様…もう…媚薬の効き目は切れたのです。ですが…ユリアは…お兄様のかけてくれた愛情に…心から感謝しておりましたわ。…これでよかったのです」
「ああ…。やもしれぬな」
「これを」
ヴェーラが一通の手紙をレオニードに手渡した。
「ユリアが屋敷を去った後に…ベッドの上に置かれておりました。お兄様宛ですわ」
レオニードがその手紙を開封する。
その手紙はただ一言―。
《ありがとう。レオニード》
とだけ書かれていた。
― 礼を言うのは…私の方だ。ユリア。
今でも腕に残る彼女の細い身体の感触、柔らかな金の髪、囁くような高く澄んだ声、微笑みかける宝石のような碧の瞳、そして白い頬を伝った海中に立ち上る泡沫のような美しい涙…。
束の間ではあったが、去って尚レオニードの心に彼女が遺した面影は―、レオニードの心を満たして余りあるものだった。
― 私には…この心に残るお前の俤だけで―、十分だ。…幸せになるがいい。
万感の思いでレオニードはその手紙をジャケットの内ポケットにしまい込んだ。
作品名:37 夢のあとに 作家名:orangelatte