39 子供の情景
「ミーチャ、今度の日曜日―、ムッターとアリョーシャと三人で…、動物園に行ってみようか?」
久方ぶりに二人のアパートに戻って来たミーチャに母ユリウスが提案した、このステキな計画に、ミーチャの碧の瞳が輝く。
「ホント?ムッター!」
「ホントだよ~。ミーチャには随分寂しい思いをさせちゃったからね。…ミーチャ、前に本物のクマさん見た事ないって言ってたでしょう?ムッターもね、小さな頃はムッターのムッターと二人で暮らしていてとても貧しかったから…動物園って行ったことないんだ。だから本物のクマさん…アリョーシャの仲間やトラさんやおサルさん見るの…とても楽しみだなぁ!」
ユリウスも同じように碧の瞳を輝かせて息子の頬を両手で包むと、自分の顔を近づけクシャっと笑った。
「アリョーシャ、動物園だよ!」
ミーチャも母親が自分にしたように、アリョーシャの顔を小さな両手で包み込んでその毛糸のクマに話しかけた。
そして日曜日―。
待ちに待ったその日は、ミーチャの願いが通じたのか、曇りがちな北の国には珍しい程に朝から太陽が照り注ぎ晴れ渡っていた。
カーテンを開けたユリウスが思わず歓声を上げる。
「ミーチャ!起きて!!いい天気だよ」
ベッドからミーチャが飛び出して窓辺へ走り寄る。
「わぁ!ムッター!!動物園だ」
―動物園だ!動物園だ!!
母子が互いに手を取ってその場をピョンピョン跳ねた。
「ミーチャ、動物園は逃げて行かないから…落ち着いてちゃんと食べなさい」
暖めたミルクをカップに注ぎながら、そわそわと落ち着かない息子にユリウスが笑顔で窘める。
そして自分もミーチャの向かいに腰かけ紅茶をカップに注ぐと、黒パンにスグリのジャムを塗り、口に運んだ。
「ムッター、おいしいね」
「そうだね。いつものお助け便に入ってたんだ。あ、ミーチャ、口にジャムがついてるぞ~」
ユリウスがミーチャの口元についたジャムを指で優しく拭って、その指をぺろりと舐めた。
薫り高い高級な洋酒を使って、砂糖も贅沢に使われたそのジャムは―、あの邸で供されていたものと同じ味がした。やはりこの差し入れは―。ユリウスの脳裏にふと、あの優しい黒い瞳が思い浮かぶ。
―いいんだ。これで…。
ささやかだけど、かけがえのない母子二人の、満たされた時間。自分はこの場所に戻って来た。改めてその事を実感し、今や過去のものとなったその瞳を自分の心の中に再び封印する。
「ムッター?」
「あ…、なんでもないよ。…ご馳走様でした」
ユリウスが朝食の後片付けをしている間に、ミーチャは出かける支度をする。
外の寒さに備えて帽子を被り上着を着て、手袋を出し、毛糸の靴下を履く。
そしてアリョーシャにも小さな帽子を被せ襟巻を巻いてやった。
(これは預けられていた先のリザとその娘が「アリョーシャも風邪をひくといけないから」と言って編んで拵えてくれたものだった)
「あ!アリョーシャも暖かそうなものつけてるね~」
片づけを終えたユリウスが防寒支度を整えたアリョーシャを手に取って目を輝かせた。
「リザさんとアーニャが作ってくれた」
「そっか~。ムッターは編み物できないからなぁ。でもミーチャのセーターぐらいは編んであげたいなぁ。今度教えてもらおっと」
― さ、行こうか。
長い髪をスカーフで一つに束ねて、質素な黒の外套にショールを羽織ったユリウスがミーチャに手を差し出した。
黒い手袋をはめたほっそりとした手にミーチャの小さな手が絡みつく。
「いざ!動物園へ!!」
動物園~動物園~♪
二人ででたらめな歌を歌いながら、親子はペテルスブルグ市街の動物園へと出かけて行った。
久方ぶりに二人のアパートに戻って来たミーチャに母ユリウスが提案した、このステキな計画に、ミーチャの碧の瞳が輝く。
「ホント?ムッター!」
「ホントだよ~。ミーチャには随分寂しい思いをさせちゃったからね。…ミーチャ、前に本物のクマさん見た事ないって言ってたでしょう?ムッターもね、小さな頃はムッターのムッターと二人で暮らしていてとても貧しかったから…動物園って行ったことないんだ。だから本物のクマさん…アリョーシャの仲間やトラさんやおサルさん見るの…とても楽しみだなぁ!」
ユリウスも同じように碧の瞳を輝かせて息子の頬を両手で包むと、自分の顔を近づけクシャっと笑った。
「アリョーシャ、動物園だよ!」
ミーチャも母親が自分にしたように、アリョーシャの顔を小さな両手で包み込んでその毛糸のクマに話しかけた。
そして日曜日―。
待ちに待ったその日は、ミーチャの願いが通じたのか、曇りがちな北の国には珍しい程に朝から太陽が照り注ぎ晴れ渡っていた。
カーテンを開けたユリウスが思わず歓声を上げる。
「ミーチャ!起きて!!いい天気だよ」
ベッドからミーチャが飛び出して窓辺へ走り寄る。
「わぁ!ムッター!!動物園だ」
―動物園だ!動物園だ!!
母子が互いに手を取ってその場をピョンピョン跳ねた。
「ミーチャ、動物園は逃げて行かないから…落ち着いてちゃんと食べなさい」
暖めたミルクをカップに注ぎながら、そわそわと落ち着かない息子にユリウスが笑顔で窘める。
そして自分もミーチャの向かいに腰かけ紅茶をカップに注ぐと、黒パンにスグリのジャムを塗り、口に運んだ。
「ムッター、おいしいね」
「そうだね。いつものお助け便に入ってたんだ。あ、ミーチャ、口にジャムがついてるぞ~」
ユリウスがミーチャの口元についたジャムを指で優しく拭って、その指をぺろりと舐めた。
薫り高い高級な洋酒を使って、砂糖も贅沢に使われたそのジャムは―、あの邸で供されていたものと同じ味がした。やはりこの差し入れは―。ユリウスの脳裏にふと、あの優しい黒い瞳が思い浮かぶ。
―いいんだ。これで…。
ささやかだけど、かけがえのない母子二人の、満たされた時間。自分はこの場所に戻って来た。改めてその事を実感し、今や過去のものとなったその瞳を自分の心の中に再び封印する。
「ムッター?」
「あ…、なんでもないよ。…ご馳走様でした」
ユリウスが朝食の後片付けをしている間に、ミーチャは出かける支度をする。
外の寒さに備えて帽子を被り上着を着て、手袋を出し、毛糸の靴下を履く。
そしてアリョーシャにも小さな帽子を被せ襟巻を巻いてやった。
(これは預けられていた先のリザとその娘が「アリョーシャも風邪をひくといけないから」と言って編んで拵えてくれたものだった)
「あ!アリョーシャも暖かそうなものつけてるね~」
片づけを終えたユリウスが防寒支度を整えたアリョーシャを手に取って目を輝かせた。
「リザさんとアーニャが作ってくれた」
「そっか~。ムッターは編み物できないからなぁ。でもミーチャのセーターぐらいは編んであげたいなぁ。今度教えてもらおっと」
― さ、行こうか。
長い髪をスカーフで一つに束ねて、質素な黒の外套にショールを羽織ったユリウスがミーチャに手を差し出した。
黒い手袋をはめたほっそりとした手にミーチャの小さな手が絡みつく。
「いざ!動物園へ!!」
動物園~動物園~♪
二人ででたらめな歌を歌いながら、親子はペテルスブルグ市街の動物園へと出かけて行った。
作品名:39 子供の情景 作家名:orangelatte