二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

41 elegy

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 


1918年

昨年の革命の後政権を握ったボリシェビキが、今は主人を失って久しいかつての大貴族、ユスーポフ邸に立ち入った。

壮麗な館に、豪華絢爛な調度類、館に遺された財産はボリシェビキの面々を大いに驚かせた。

あらかた財産的価値の高い調度や宝飾品、美術工芸品などの仕分けが終わり、彼らは昨年クーデターに敗れ自害した最後の当主、レオニード・ユスーポフ侯爵の書斎の仕分けに取り掛かった。



「さすがに…ここには大したものはねえな」

「調度こそ立派だが…。ここは氷の刃の仕事道具と…あとは書籍類だけか…」

書斎に入った党員の一人が、書棚から何気なく本を一冊手に取る。

「ふうん…。ワーズワースか。氷の刃らしからぬ…、あ!」

その詩集から一枚の紙が床に舞い落ちた。

「何だ?」

「いや、詩集に挟まってたみたいで…」

拾いあげたそれは二つに折られた、やや厚めのスケッチブックを切り取ったような紙だった。その党員の周りに片付けにやや飽いた面々が集まる。

その紙片に描かれていたのはー、

匂い立つような美しい少女の横顔だった。

額と鼻を結ぶ繊細なライン、ほっそりとした顎から首のライン、片側に纏められた柔らかそうな髪の質感。
少女の造形は完璧な美を備えており、少し伏せられた長い睫毛に縁取らた瞳は物憂げにも夢想しているようにも見え、微かな笑みを浮かべた口元は、どこかラファエロの聖母を想わせた。

「…綺麗だな」
「ああ…」

その紙片に描かれた少女の美しさに、覗き込んだ面々が思わず言葉を失う。

「サロンにあった婚礼の写真の…奥方とは違う女性だったな」

「確か奴さん、奥方とは革命前に離婚してる筈だ。…さしずめ、初恋の君ってところか…」

その絵は何度も取り出して眺められていたのだろう。紙片の端には手擦れた跡が見受けられた。

「奴さん…きっと何度もこれ開いて眺めていたんだな…。あんた、よほど愛されていたんだな…」

「永遠の想い人…か。あの男にこんな一面があったとはな…」

冷徹で知られたかつての政敵の、一人の男としてのロマンチストな一面を垣間見、そこにいた一同言葉をなくし押し黙る。



「さ!もうひと頑張りして、早く終えちまおうぜ!」

その重苦しい空気を払拭するかのように、同志の一人が声をあげた。

「だな。そのあと一杯繰り出すぞ!」

それにつられるようにして、他の面々も同調し、その場が再び元の仕事モードに戻る。

「おい!ラヴロフ。…いつまでそれ見てんだよ」

その紙片を手にして魅入られるように眺めていた若い同志は、その声に我に返ってハッと顔を上げた。

「あ…、すいません!」

「何だ〜?この美少女に惚れちゃったかあ?ラーラちゃんに言いつけるぞ⁈コノ〜〜」

同志に肘で小突かれながらも、ラヴロフは尚もその紙片に目を落とし、訝しげに首を傾げる。

「いや…あの。この少女って…どこか同志アレクセイの奥さん…ユリアに似てませんか?」

「え?」

ラヴロフのその発言に、再び面々がその素描を取り囲む。

「言われてみれば…あの支部で働き始めたばかりの時分の、彼女に似てるな…」

「でもまさか…な。大体なんで氷の刃のマドンナがユリアなんだよ?他人の空似だろう」

「俺っちはよくわかんねーけどよ〜。あのユリアだって、元々はドイツの貴族のお嬢さんだっていうじゃないか。案外高貴なお育ちのお姫様なんて、みんな似通った顔してんじゃねえのか?」

「そんなもんかね〜〜。さて、と!だいぶ油売っちゃったな。ここから本腰入れるぞ〜!おい、ラヴロフ。それ元のとこしまっとけ」

「あの…。これ、持って帰って…ユリアに見せちゃ…ダメっすかねえ?」

ラヴロフの問いかけに、年長の同志が首を横に振って、ラヴロフの肩を優しく叩いた。

「それは…氷の刃にとって、かけがえのない大切なものだったんだろうよ。それにきっとこのマドンナだって、ずっとこの場所にいたいと思うはずだぜ?な。元に戻しておいてやれよ」

「そう…ですね。彼女は…この美しい言葉を紡いだ詩集の中で再び眠りについてもらいましょう。…ゴメンよ。うるさくしてしまって」

ラヴロフはそう言うと、その少女の柔らかそうな頰をひと撫でして、再びその紙片を詩集の中に挟み込んだ。



  谷間をただよう雲のように
  一人さまよい歩いていると
  思いもかけずひと群れの
  黄金に輝く水仙に出会った
  湖のかたわら 木々の根元に
  風に揺られて踊る花々

  銀河に輝く星々のように
  びっしりと並び咲いた花々は
  入り江の淵に沿って咲き広がり
  果てしもなく連なっていた
  一万もの花々が いっせいに首をもたげ
  陽気に踊り騒いでいた

  湖の波も劣らじと踊るが
  花々はいっそう喜びに満ちている
  こんな楽しい光景をみたら
  誰でもうれしくならずにいられない
  この飽きることのない眺めは
  どんな富にもかえがたく映る

  時折安楽椅子に腰を下ろし
  物思いに耽っていると
  脳裏にあのときの光景がよみがえる
  孤独の中の至福の眺め
  すると私の心は喜びに包まれ
  花々とともに踊りだすのだ
 (ウィリアム・ワーズワース 「水仙」 壺齋散人 訳)

作品名:41 elegy 作家名:orangelatte