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四畳半に、ちゃぶ台ひとつ

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 この感覚を知っている。意識はあるのに、どうしても目を開きたくない。良い夢を見ていたからだ。とんでもなく良い夢を見ていて、目を覚ましても現実がそれ以上に良いものになる気が欠片もしないから、いっそこのまま、目を閉じたまま死んでしまいたいとすら思う。
 前にもこんなことがあった。12かそこらだったサンジは、もしかしたら本当にその通りになるんじゃないかと、意地でも目を開けないぞと、必死で瞼に力を入れたのだ。しかしそのときは結局目を覚ましてしまって、まだサンジは生きている。あの時は、どうして目を開いたんだっけ――? それについて考えると、どういうわけか温かな空気が身体の回りを包み込むような気がする。
 ああそうだ。あの時、聞こえてきたのは確か暢気な包丁の音、鍋から漂う湯気のもわりとした熱気、カツオ出汁の泣きたくなるほど穏やかなにおい――
「オラ起きろ」
 しかし幸福なまどろみは、右の頬を襲った衝撃に勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
「……おはよう、クソ野郎ども」
 今度は左の頬。キリスト教徒でもないのに、ひどいやられようだ。
「自分がどんな状況にあるのか、わかってねえようだな」
 まるで映画の悪役のような台詞に、サンジはくそ真面目にも「わかる必要があるのか?」と心の中で呟いた。わかっていてもわかっていなくても状況は変わらないだろうし、また、サンジの口と態度の悪さも変わらない。
 わかっていると答えれば、彼らはサンジの身体を椅子に縛り付けているロープを解き、にこやかに解放してくれるとでも言うのだろうか? 無論そんなはずはないだろう。
 とても、非常に、わかりやすい部屋だった。
 力強い筆跡で書かれた『仁義』の文字、その額縁はガラスが割られてはいるものの、几帳面に床に水平になるよう掛けられている。棚の上に奉るようにして置かれているのは、大小2振りの日本刀。刃をきちんと潰しているのか否かはサンジにはわからない。そして何より、サンジを囲んでいる面々の常軌を逸した強面。
 とてもわかりやすい、ヤクザの事務所だ。
 ぼんやりした頭でも、サンジはなぜ自分がこんなところにいるのか、およそ3秒ほどで察することができた。要するにここは、先日ゾロが襲撃した事務所なのだろう。なぜゾロでなく自分が連れ去られているのかについてははっきりとはわからないが、ともかくサンジがサンジとして彼らに取り囲まれているのは間違いない。
「お前も、運が悪かったな。あんな奴と関わり合ったばっかりに」
 ヒャヒャヒャ、とサンジを取り囲む強面たちが下卑た笑い声を上げた。
「……あんたら、ゾロがここに来ると思うのか? 俺を助けに?」
「さあな、その答えは、お前が一番知ってるだろ?」
 何しろ……と、互いに目を合わせてニヤついているあたり、どうも“いろいろと”知っているらしい。
「俺が、知るかよ。あいつのことなんてわかんねえよ」
「あ?」
「むしろ教えてくれよ。あいつは俺を助けに来るのか? どうして? つーか、どうして今まで俺と一緒にいたんだ? どうして俺のメシを美味そうに食ってたんだ? どうしてあの時俺を助けたんだ、どうして、どうして……」
「こいつ、何言ってやがる。ヤクでもやってんのか?」
 俯くサンジの肩をヤクザのひとりが鷲掴みにしたそのとき、表でなにやらドカンと凄まじい音が響き、見張りのヤクザものらしき怒声が次々と上がった。
「てめえッ何しやがる!」
「抑えろ! 抑え……」
 怒鳴り声の後続けざまに数人の悲鳴、絶叫、おぞましい音が聞こえ、サンジ一同室内の面々が思わず硬直しているその隙に、スチール製の扉がまるで紙切れでできたもののように勢いよく吹っ飛んできた。けたたましすぎる音はまるで映画のワンシーンのようで、サンジよりむしろ、大男やその他いかつい面々の方が、今まさに起こったことが現実とは信じがたい様子だ。
 そこには――吹っ飛ばされて扉が無くなりぽかりと空いた四角い隙間には、鬼が立っていた。悪魔が立っていた。血に飢えた狼が立っていた。なんでも良いが、とにかく、人間とは到底思えぬおぞましい殺気を放った男がひとり、立っていたのである。
「……ロロノアぁ!」
 サンジのすぐ目の前に立っていた大男が、懐から拳銃を取り出してゾロへと向けた。その仕草は特別素早いというわけでもなかったがしかし鈍かったわけでは決してなく、ポケットに手を入れ、安全装置を外し構える、それはほんの一瞬の動作だった、はずだ。
 しかしそれよりもっと早く、大男の顔面を達磨が直撃していた。あの真っ赤なやつ。大きさは大男のでかい顔より少し大きいくらい、確か片目は入っていなかった。否、そんなことはどうでもいい。
 当然達磨を投げたのはゾロだ。そしてそれは、当然、敵を倒すためにそうしたのだ。また当然、その"敵"たちは反撃しようと、各々の獲物を取り出した。拳銃、ドス、日本刀、鉄バット。しかしまるでそんなものは視界の隅にも入っていないとばかりに、ゾロは一片の怯みもなく、一直線に敵のど真ん中へと突っ込んだのである。
 ゾロの拳がひとりの顎にめり込み、膝頭が顔面を砕き、大男の巨体がちぎって投げられ、鉄バットがへし折られる様をサンジは呆然と見ているほかなかった。それ以外に、どうしろというのだ。サンジは、縛られているし。顔も腹も痛い。声を掛けるにしたって、いったい何を言えばいいのか皆目見当がつかない。「がんばって!」部活じゃねえんだぞ。「やめて! 俺のために争わないで!」竹内まりやか。「行けゾロ、やっちまえ!」……きっと、ゾロが家を出て行く前ならそうしていた。しかし、今は違う。サンジは今、ゾロと自分の距離がどれくらい離れているのかわからない。
(……死ぬなよ。死んでくれるなよ)
 心の中でぽかんと浮かんできたのは、そんな当たり前すぎる言葉だった。
 ゾロは今、血にまみれている。相手のものかゾロのものかなど、サンジにはわからない。あるいは、ゾロにすらわからないかもしれない。しかしそれは赤色で、鉄のにおいを漂わせているのだ。――あの日、微笑みながらサンジの顎を撫でた男からしていた、死のにおい。
(……んだよ、結局、そういうことかよ)
 否。最初から、わかっていたのだ。
 最初の最初。橋の下で出会ったそのときから、サンジは、あの男の死に怯えていたのだ。
 否。死に怯えていたのではない。あの男が、"いないこと"に、怯えていた。きっとあの雨の夜、サンジは確信していたのだ。目の前で煙草をふかしていた血まみれの男こそ、唯一、自分が魂を分け合える人間だと。唯一、その魂を背負ってやれる人間だと。
 ゴン、と除夜の鐘を突くような音がして、最後の1人が崩れ落ちた。縛られて身動きの取れないサンジの前には、手加減ひとつない頭突きをかましたせいで、額を真っ赤に腫らした鬼がひとり。
 鬼はなぜだか、泣き出しそうな顔をしてサンジのことを睨みつけていた。身体中を血で濡らしているくせに、それはどういうわけか、母親を求める子供のようにすら見える。
 ハハ、とサンジは笑った。
 広い額の真ん中がお月様のように丸く赤くなっていて、それが、むしょうにおかしかったのだ。
(あの赤いところを触ってやったら、どんな顔をするかなァ)