敬意の払い方
自分の敬愛する二人がこんなことで諍いになるのは辛い。他愛もない会話を交わし、いつものような日常を過したい。三郎次は僅かに眉を曇らせる。ありのまま言葉にすることに抵抗を感じてしまう自分がもどかしかった。―この状態が続くようならばそうも言っていられないのだけれど。
視線はそのまま、いつもならば笑みと優しい雰囲気を湛える男へと向かう。だた静かに兵助を見つめる目は、それが常ではないと知る三郎次さえも怖気付く。そういえばあの人のこんな目初めて見た。いつもこうなら普通に格好いいのに…じゃなくて。
「よしわかった」
あらぬ方向へと行きかけた三郎次の思想を断ち切ったのはタカ丸の声だった。決して大きなものではなかったが、しんとした蔵の中、静かに響き渡る。
「『久々知くん』。『兵助くん』、でどうだ!『久々知、兵助くん』」
挑むような笑みを浮かべながらタカ丸は問う。刹那、兵助の視線は鋭く細められる。そして次の瞬間静かに伏せられた。そうして幾許か、再び開かれた目と共に言葉が紡がれた。
「…ならば、『斉藤、さん』、『タカ丸さん』。『斉藤タカ丸、さん』。で譲ら…譲りませんか」
―悩んだ月日が長かっただけあるが努力の跡が垣間見える。傍からみても全くもって分かりにくいが、兵助にとっては酷く譲歩したものであることには違いない。興味津々な様子の伊助とは裏腹に三郎次は息を呑む。
ふふ。
ふふふふふ。
ふ、はは、
ははは。
あははははは!
酷く長く感じた束の間の後、どちらともなく始まったか細い声は次第に大きくなり、仕舞いにはけたけたと明確な笑い声となる。実に危うい境界線で反目しあっていた二人の男が互いに妥協できる位置を見つけた瞬間だった。苦しいばかりの緊張がとけたことに三郎次は安堵するも、新たに広がる一種異常な空気は一概に喜べない。
とうとうそのまま座り込んでまで笑い続ける二人を片や微笑ましげに、片や今度は気味悪げに見つめる後輩達であった。