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PEARL

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4.

 ―――我を失い、声を上げて涙していたシャカの姿を見たときよりも。
 今の姿のほうが、胸が痛いと思うのは何故だろう。

と、カノンは処女宮の最奥ともいえる沙羅双樹の園に足を踏み入れ、其処にいたシャカの姿を目の当たりにして思った。
いつものように瞑想しているかのような姿でしかないのに。
ただ、いつもと一つ違うとすれば、止め処もなく頬を伝い、流れていく透明な滴があったこと。
静かな慟哭はカノンに痛みを覚えさせた。

「―――サガのために。サガを想って、おまえは泣いてくれるのか?」

聖域に背き、アテナに刃を向け、図らずも己自身に拳を向けた男であるというのに。
同情や哀れみではなく、心底サガを思っての涙。
先刻見た涙は恐らく、シャカは自分に対しての怒りや悲しみを表していたのだろうと思う。その姿は胸が痛いというよりは身につまされる思いで戸惑いのほうが強かった。
今はただ、サガのためだけに悲しみ満ちているような気がして、余計につらく思えるのだとカノンは思った。
そして、シャカを想う気持ちが強いゆえに、立ち去ったミロの気持ちも何となくわかるのだ。
大切な者が悲しみ満ちているならば、その悲しみを取り除いてやりたいと思うだろう。
余計な手出しをしてしまうのだ。
結果、その場その場を切り抜けたとしても、真実の安らぎは遠退いてしまうばかり。
ミロはたぶん……真実の安らぎをシャカに与えたいのだろう。

「サガの日記、全部、読んだのか?」

こくり。
小さな頷きを返すシャカに僅かにカノンは微笑むと、その傍らに腰を落とした。

「そうか。それで、おまえはどう思った?」
「……悲しい。ただ、悲しかった」

静かな声音で語るシャカ。
何の感情もないように聞えるほど。

「そうか。おまえは悲しかったんだな」

さわさわと流れる風がそっと花々を撫でていく様を見つめながら、全身でシャカの発する無言の言葉にカノンは耳を傾けた。
長い沈黙の中で、シャカは己の感情を表す言葉を探しているのだと感じた。

「―――サガが苦しんでいた原因に自分があったなんて……思ってもみなかった。ほんの少し、勇気を出せば、私はサガの苦しみを取り除くこともできただろうし、彼を孤独のまま逝かせはしなかった。私は彼の何を見てきたのだろう」

ポツリと零れ落ちていく涙の滴が、弾ける瞬間でさえもカノンの目に映った。
こんな時に不謹慎かもしれないが、カノンは『嬉しい』と、その涙を見つめながら思う。
サガを純粋に想い、涙を流してくれる者が一人でもいてくれた事が、嬉しいのだと。それは シャカへの思いやりにかけた、己のエゴ以外の何物でもないけれども、サガをちゃんと受け止めてくれる存在があったことがカノンにとっても、救いだった。

「俺はサガが孤独を抱えたままではなかったと、その日記を読んだ時思った。少なくとも俺には、な。苦しいだけじゃない、悲しみだけじゃない、喜びもあった……と。今はわからないかもしれないが、おまえにもきっとそんな風に感じた瞬間があったと思う」
「カノン」
「そうじゃなければ、人を愛せはしない。俺も、おまえも、サガも……そしてミロも。思い出して欲しい、サガと出会った頃を。思い出して欲しい、嬉しいと感じたその時を。おまえが喜びに満ちた時、サガの想いも満たされる……俺はそう思う。そして、おまえを強く想い、おまえに喜びを、安らぎを与えてくれた男が、これからも与えてくれる者が真実誰なのか……よく考えろ。サガなのか、ミロなのか。シャカ、サガでもミロでもなく、おまえだけが真実の答えを導き出すことができるのだから」

シャカが静かに瞳を開いた。そこには憂いに満ちた青い瞳があった。
曇る眼差しが晴れるには、時間がかかるかもしれない。
サガは傍にはいないけれども、目に見えぬ絆で結ばれ、寄り添っているようにカノンには見えた。
そして、ミロもまたシャカの傍を離れたことで精神的な繋がりをシャカに意識させたのだと、カノンは思う。

 ―――単純に逃げただけかもしれないけれどな。

僅かに苦笑を浮かべると、立ち上がった。

「俺がおまえに伝えたかったのはそのことと、もう一つ……」

カノンはサガを思い浮かべながら、腰を屈め冷えたシャカの頬に手をそっと宛がった。

「サガのために……泣いてくれてありがとう。あんなロクでもない兄貴を悼んでくれて……正直嬉しかった。俺だけしか……いないと思っていたから」
「君も……独りだったのか……?」

呟かれた言葉に、軽くカノンは首を振り、宛がっていた手を離した。

「寂しいとは思ったけれど、孤独だとは思ったことはないさ。俺を信じ、認めてくれた友の存在が、俺を孤独にはしないでいてくれたから……な」

カノンはありったけの笑顔をシャカに向けると、ポンと軽く肩を叩き、背筋を伸ばすとシャカに背を向け、沙羅双樹の園をあとにした。




「――――真珠、か。それを手にすることができるのはサガ、おまえなのか。それとも、輝きを更に与えたミロなのか。どっちだろうな」

殻の中で、最後の成長を遂げようとしている真珠。
そっと、輝きを放つ真珠を覗いたのち、再び貝の口を閉じるように、カノンは沙羅双樹の扉を静かに閉めたのだった。




作品名:PEARL 作家名:千珠