PEARL
3.
「―――いったい何があったのでしょう」
「参った。あいつのあんな面、拝めるとは思わなかったな。というか、拝みたくなかった。正直言うと」
「私だって。彼はそういった感情を一切捨てた奇人だと思ってましたからね」
「ムウ、それ褒めてるのか?」
「一応褒め言葉ですよ、アイオリア」
にっこりと柔和な笑みを浮かべるムウに「どうだか」と小さくアイオリアは呟くとずっと黙ったままのカノンに話をふった。
「さっきから、だんまりだが、何を考えているんだ?カノン」
「ん?……いや。別に」
ちらりとアイオリアを見たカノンは再び腕を組み、考え込んだ。
「とにかく、しばらくは……そっとしておいたほうがいいでしょう。あまり、しつこくこちらから伺うようなことはしないほうが得策だと思います」
「そうだな」
うんうんとアイオリアは頷くと、コツンとカノンに肘打ち合図する。
「んあ?悪い、聞いてなかった」
「そっとしておきましょうって、言ったのです」
「なんで?」
「なんでって……そりゃあ、あなたはご存知ないかもしれませんけど、あの人は人一倍プライドの高い人ですから、あんな風に取り乱した姿を見られたことは無論のこと、心の内に立ち入るようなことは一切許さないでしょうから」
苦々しそうに顔を歪めるムウにカノンは「ふーん」と頷いたものの納得のいかない表情を浮かべていた。
「なんだ、何か言いたいことがあるなら言えよ」
アイオリアに促されて、わずかに躊躇しつつ、カノンは意を決したように言い放った。
「悪いが、俺は立ち入らせてもらうぜ」
「は?あなた今私が言ったことが判らないのですか?」
ますます厭そうにしかめ面になったムウをアルデバランが「まぁまぁ」と宥めた。
「この件に関しては俺に一任させて貰えるか?アイオリア」
「え……ああ……まぁ構わないが」
「アイオリア!君はっ」
「事情を知ってるんだったら、何もわからない俺たちよりカノンに任せるべきだろ、ムウ。俺たちより、寧ろ……言い方がまずくて気分を害したら悪いが、あまり親しくないもののほうがかえって話しやすい場合もあるだろうし」
「シャカがそんな単純な人なわけないでしょう?かえって怒りを買うと私は思いますけど」
「ああ、うるさいな。黙っとけ、おまえ。何も知らないヤツがしゃしゃり出るな」
「おい、カノン!」
「―――だったら、お好きになさいっ!」
バンッと思い切り机を叩きつけたムウはふいっとその場から姿を消した。アルデバランはオロオロと困ったようにアイオリアとカノンを見たが、結局ムウの後を追うように出て行った。
「―――言いすぎだ、カノン」
「おまえもうるさい。大体、腫れ物に触るみたいに接するなんておかしいだろうが。違うか?おまえたちらしくないと思うぜ、俺は」
苛立ちを隠さずにいるカノンを不機嫌を露にアイオリアは言葉を強くした。
「なんで、あんたが怒ってるんだよ?シャカのあんな取り乱した姿なんて、初めて目にしたからな、俺らも戸惑ってるのは事実だ。おおよそ感情なんて持ち合わせていないんじゃないかと思っていたからな。俺たちだって、混乱してるんだ。理由もわからないんじゃ、手の打ちようがないだろう?」
「勝負ごとには強そうな割に、こういうことには弱いな。おまえたち。それに理由を知ってるヤツはとっととトンズラしやがって。あいつ……戻ってきたらただじゃおかねぇ。一人だけ逃げやがって」
「あいつってミロか?そういえばあいつ、どこに行ったんだ?ミロは理由を知っているのか?」
「さぁ、どこにトンズラしたかは俺は知らん。あいつは理由を知ってるも何も……いや、これ以上は話せない。とにかく、シャカと話をしてくるから」
のっそりと「面倒臭いぜ」と文句を垂れながら、カノンは処女宮へと向かっていった。
「面倒くさい。まったく」
面倒だと思うのは別にシャカと話をすることが面倒なわけではない。
面倒なのは複雑な己の胸の内。
そして、サガ。
死んでからも厄介ごとを引き起こす男だ。
よりによって、男に懸想していたなんて。
しかも同じ黄金聖闘士。
さらにミロも、だ。
「―――わけがワカラン」
あの冷たい澄まし顔の乙女座サマにどう転べば、心惹かれるのか。確かに聖闘士としては素晴らしい資質を持っているし、味方であるとすれば心強いものだろうけれど、恋愛対象としては選ばないだろう、ふつうは。
見た目か?見た目はまぁソコソコだろうけれど、男だし。
じゃ、内面?サガの日記になんぞを読んだ限りでは内面重視っぽいけれども。
「俺は知らないしなぁ」
シャカと話をしてくる、といって大見得切って教皇の間を出たのはよかったが、どんどん足取りは重くなって、結局、途中の天蠍宮で悶々とカノンは考え込んでいたのだ。
カノンにすれば寝耳に水、青天の霹靂なわけであり、全部を知っているわけでもないことから、結構頭の中は混乱していたのだ。
「サガの相手は女だとばっかり思っていたからなぁ。ありえないだろ?シャカだなんて」
独り言を呟き、宮主不在の天蠍宮で盛大な溜息を零す。
考え出すといろんなことがカノンの頭の中でひしめき合い、爆発しそうになっていたカノンはついに大声をあげた。
「あーーーもうっ!玉砕覚悟で行くしかないかっ!!」
できることなら、関わりあいたくはないと、カノンは思っている。
でも、何かしら行動しなければならないだろうとも。
サガとミロ。
そして、シャカ。
「こんなことになるなら、ミロにけしかけるようなことを言うんじゃなかった……」
今更そんなことを思っても仕方ないし、まさかここまでややこしいことになるとは思わなかったと反省しても始まらないのだ。
―――責任は自分にもある。
でも、どこか他人事と受け止めている自分が、どこまで責任を取れるかはカノンにはわからなかった。