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54 ある日曜日

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日曜―
先日結婚の報告をしたばかりのフョードル・ズボフスキーとガリーナ夫妻がミハイロフ家を訪問した。

「やあ。お言葉に甘えて、お邪魔するよ」
― こんにちは、ミーチャ。ほら、お土産だ。

入口で出迎えたアレクセイに纏わりついて後ろから来客者を覗くミーチャの頭を撫でると、ズボフスキーは綺麗に包装された包みをミーチャに手渡した。

「ありがとう」
お土産を手渡されたミーチャの顔が輝く。

「すまないな。―まあ、入ってくれよ」

アレクセイが二人をリビングへと案内する。

「いらっしゃい。もう用意できるから、ちょっと待っててね」

キッチンからユリウスの声がした。

「こんにちは、ユリア。― 何か手伝う事ある?」

― 大丈夫~。狭いけど、掛けてて。

ユリウスの澄んだソプラノがキッチンから返って来た。

「お待たせ~」

食卓に来客を迎える昼のメニューが並ぶ。

「これ」
ガリーナがユリウスに彼女の瞳を想わせる澄んだブルーの矢車菊のブーケを手渡す。

「わあ!綺麗。ありがとう」
花を手渡されたユリウスの顔が輝く。思った通りこの春の澄み切った空を想わせる青い花は彼女の容貌にとてもよく似合っていた。

早速白い花器に活けて食卓に飾られる。

「お腹空いた~」

「そうだね、頂こうか」

「頂きま~す」

用意していた白ワインで乾杯して二組のボリシェビキ夫婦とその息子のささやかな休日の昼食パーティーが始まった。

揚げたてのカトリェータにナイフを入れると、衣が割れる香ばしい音と空腹の胃を刺激する湯気が立ち上る。

「美味しい」

「うふふ…。お口に合ってよかった。カワカマスが手に入ったから、メインをカトリェータにしたの」
― はい、ミーチャ。熱いから気を付けるんだよ。

ユリウスがミーチャの分のカトリェータを切り分けてやる。

「ウハーも美味いな」

「新鮮なカワカマスのアラの出汁がよく出てて美味しいわ。このワインはどうしたの?」

「アレクセイがね、お魚に合わせて手に入れてきてくれたの。ね?」

「まあな」

「ムッター、もっと食べる~」

「はいはい。今切るからね。いっぱい食べて偉いねぇ」

ユリウスがカトリェータにナイフを入れてミーチャのお皿に取り分ける。

「息子さん…可愛い。うちの弟たちを思い出しちゃった」

ユリウスとミーチャのやり取りを見ていて、ガリーナがとこか遠い目をして呟いた。

「ガリーナの弟さん?おいくつ?」

「今…生きていれば、12と10…かな」

「…ごめんなさい。何も知らずに…」

ユダヤ人のガリーナの家族は頻発していたポグロムによって五年前惨殺され、彼女は天涯孤独の身だった。
食卓に重苦しい空気が流れる。

その空気を払拭するように、フョードルが言葉を継いだ。

「ボリシェヴィキの人間で…何一つ不自由なく恵まれて生きて来た…傷一つ痛み一つ知らない人間を探す方が困難だよ。…だからユリア、気にしなくていい。皆、一緒なんだから」
― な?ガリーナ。

夫から優しい瞳を向けられ、ガリーナも無言で頷いた。
その表情は優しく凪いだ海のようだった。

「ガリーナも早く子供作るといいぜ。可愛いぞ、子供は」

アレクセイの明るい声で、その食卓を覆った重苦しい空気は完全に消え去った。
再び春の休日の楽しい団らんの空気が戻って来る。

「ユリアは、私と齢ほぼ変わらないよね。ミーチャはいくつで産んだの?」

ガリーナの質問にちょっと照れ臭そうな顔でユリウスが答える。

「16。身籠ったのは15の時だった」

「ロシアへ帰国する俺を…こいつが追いかけてきてな。で、そのまま…情熱に任せて…あはは」

「子供が出来たときは…びっくりしたけど…でもすごく嬉しかった。まだ若かった…というより幼かったけど絶対産みたいと思った。あ、実際生まれたら「ガキがガキ育てて」って散々言われたけどね」
当時を懐かしく思い出し、ユリウスがペロッと舌を出した。

「あなたのような…お母さんになりたい。…私も早く子供が欲しい」

そう言ったガリーナの手を、テーブルの下でフョードルがギュッと握りしめた。

「なれるよ。あなたなら」

ユリウスがそんなガリーナに力強く頷いた。そして

「ガリーナは…どっちが欲しい?やっぱり弟さんみたいな男の子?」

というユリウスの質問にガリーナはちょっと考えてから

「どちらかというと女の子が欲しい」

と答えた。

作品名:54 ある日曜日 作家名:orangelatte