54 ある日曜日
片づけた食卓でミーチャが熱心に絵を描いている。
先程ミーチャがお土産にもらったものは、絵が好きだと聞いたフョードルが手を尽くして手に入れた、12色のクレヨンとスケッチブックだった。
まだロシアでも庶民の間では珍しい、色とりどりの舶来のクレヨンにミーチャが瞳を輝かせる。
「ファーター、ムッター、見て」
スケッチブックを持って、リビングの長椅子のアレクセイの膝にミーチャがよじ登る。
「お、ミーチャ。上手に描けたな~。これは汽車か?」
ミーチャの描いた絵を皆が覗き込む。
父親に訊ねられたミーチャが大きく首を縦に振る。
「上手だなぁ」
「これはなあに?」
ガリーナが色とりどりに塗り分けられたテント風の建物を指さした。
「これはね、サーカスのテント!僕ムッターとサーカスを観に行ったの。熊がね、大きな玉に乗るんだ」
ミーチャはスケッチブックをめくり、熊が玉に乗っている絵をガリーナに見せた。
「上手ねぇ。― ミーチャは絵の才能があるんじゃない?」
「どうやら音楽よりも…絵を描く方が好きみたいだな。シベリアから帰ってきてすぐ分数ヴァイオリンを手に入れて、稽古を始めたんだけど…、どうやら音楽の方はあんましみたいだ」
少し残念そうにアレクセイが肩を竦めた。
「でも、音楽の道に進まなくても…、ミーチャが得意なものを活かして、好きな道に進んでくれたらいいと思う」
そう言ってユリウスが、アレクセイの膝に座っているミーチャの亜麻色の頭を愛おし気に撫でた。
「こんなに上手だとは思わなかったよ。すごいな、ミーチャ。手を尽くしてクレヨンを手に入れた甲斐があった」
「おじちゃん、ありがとう」
大人たちに絵を褒められ、ミーチャが誇らしげに顔を輝かせた。
作品名:54 ある日曜日 作家名:orangelatte