58 引っ越し
「ねえ、アレクセイ。どう思う?」
早速ユリウスが今日の事をアレクセイに相談する。
「う~ん、いいんじゃねぇか。このぐらいだったら家賃もどうにか捻出できるし、何よりもお前が、家族の中で一番家にいる時間が長いお前が最も住みやすいと思うところが一番だと思うぜ。それに―、この部屋は非常階段に近くて…窓も多い所がいいな。何かあった時に脱出しやすくなる」
アレクセイの顔が、家庭の―、父親の顔から革命家の顔になる。
「…アレクセイ」
― 危険な事はしないで…。そう言いたかったが、それは無理な注文であることを痛い程理解していたユリウスは、その言葉を呑み込んだ。
「そ~んな顔するなよ。大丈夫だ!ただ、可能性の問題を言っただけだ。よし!決めた。ここに引っ越そうぜ。お~い、ミーチャ!近いうちに引っ越しだ!お前、個室が出来るぞ。良かったな」
顔を曇らせたユリウスの鼻を軽くつまみ、頬をつつくと、殊更に明るい声でそう宣言した。
「え~、僕、今までとおんなじでムッターとファーターと一緒でいいよ」
奥の長椅子で絵本を読んでいたミーチャが顔を上げて父親に返した。
「ば~か~た~れ!お前が良くても俺たちが良くないんだ!!それにミーチャ、お前だってあと数年もしたら、個室がなきゃ具合が悪いあんなことやこんな事が色々あんだよ。その時に個室があってよかった~ってきっと思うぞ」
「そうなの?…よくわかんないけど。まあ、いいや」
「バカ!アレクセイ、ミーチャに変な事吹き込まないで!」
ユリウスは大きな瞳でアレクセイを睨みつけた。
「何だよ~。いずれ知るんだからいいんだよ!それにこういう事を教えんのは、ファーターの仕事だろ?」
― ファーターの仕事…。
何だか無性にその言葉が嬉しく、ユリウスとアレクセイは、二人で顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
結局引っ越しは来月、前の住人の退去を待って、すぐに行われることに決まった。
アレクセイ26歳。ユリウス24歳。そしてミーチャ8歳。
アレクセイがユリウスを伴ってロシアへ帰国して、ユリウスがアレクセイと共にロシアへやって来て、三つ目の住居だった。
作品名:58 引っ越し 作家名:orangelatte