62 ミハイロフ邸にて
第二章 確執
「ユリウスや…。あなたとアレクセイの出会いと…今迄の事を聞かせてもらってもいいかえ?」
ユリウスがミハイロフ邸に保護され一週間が過ぎた。
ミハイロフ家の人間の献身的な看病の甲斐もあって、ユリウスはじきに熱も下がり、お腹に宿った新しい命を庇いつつ、ベッドから起き上がることが出来るようになっていた。
元々じっとしていられない活発な性なのだろう。
身体が動くようになった途端にオークネフの事務作業や、厩や庭に現れては馬番や庭師に何か手助けする事はないかと瞳を子供のようにキラキラさせて、手伝いを申し出る。
若奥様の畏れ多い申し出に、オークネフ以下手伝いを申し出られた使用人が一様に恐縮しながらその申し出を固辞すると、見ていて気の毒になる程しょんぼりと肩を落として自室へ戻って行く。その後ろ姿を見て、手伝いを申し出られたオークネフ以下使用人一同が、彼女の相手をしてやって欲しいー、もっと平たく言えば、この活発な若い奥様のお守りをしてやって欲しい と、ヴァシリーサに訴え出たのであった。
ー やれやれ…。
そういうわけで、ヴァシリーサはこの少しもじっとしていられない孫嫁に、日がな庭への散策に付き合ったり、サロンで話をしたり…と、使用人らから申し付けられた大任を引き受けていたのであった。
今日も、自室のクロゼットに掛けられていたデイドレスを解いて生まれる子供のドレスを拵えようと、まさに裁ちバサミを入れようとしていた所をあわや、入って来た侍女に止められ(ユリウス曰く「室内着だけどとても上質な生地だったから、生まれて来るこの子洗礼のドレスに作り直そうと思ったんだ。ぼくはこんなに着替えはいらないし」との事であった)、慌ててヴァシリーサが呼ばれ、「子供のドレスを拵えたいのならば、すぐに生地屋を呼ぶから」と説得され、やっとドレスにハサミを入れるのを思い留まらせ、昼食後早速生地屋を呼び、子供のドレス用の生地やリボンを入手したばかりだったのだった。
その納品されたばかりの上質なコットン生地に針を走らせていたユリウスが、ヴァシリーサの質問に手を止めた。
作品名:62 ミハイロフ邸にて 作家名:orangelatte