BRING BACK LATER 1
BRING BACK LATER 1
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それからの日々は、恙なく続いている。
あの人と“繋がれた”ままで、俺は日々を生き直そうとしている。
順調だと思う。
この世界の衛宮士郎も、セイバーも、遠坂も、みんな俺を正そうとしてくれているから、順調に……進んでいるはずなんだ、俺の矯正生活は。
「でも……」
ふと考えてしまう。
俺は……、俺の感情は、とんでもない方向へ向かっているんじゃないかと。
あの人が憧れるような存在であったのは事実だし、やることはやっているし、繋がれているし、勘違いかとも思った、繋がれた影響かもしれないと思おうとした。
だけど……、この胸の苦しさはずっと感じていた。
これが、その手の感情からだって、気づかなかっただけで、俺はあの座であの人の姿を見た時から……。
「ダメだ……、こんなのは、ダメだ……」
好きだとか、そんな感情、ありえない。
俺もあの人もエミヤシロウだ。
そんなのはおかしい。
こんなのは、間違っている。
それ以前に、俺もあの人も男だ。こんなのは、歪だ、おかしい。
心と身体が違うとか、そういう趣味趣向だとか、俺はそういうのじゃなかった。なのに、どうしてだ……。
「どうして……」
「何がだ?」
上から降ってくる声に顔を上げる。
真っ直ぐに俺を見つめてくれる鈍色の瞳は、まさしく英霊の、理想を遂げた輝きを宿している。
その瞳が俺を見ていると思うと、なんだか夢のようで、どうにも現実感がなくて……。
喜んでいる自分がいる。
幸せだと思っている自分がいる。
それをどこか冷めた様子で眺めている自分もいる。
「士郎」
名前を呼ばれることに慣れた。
「士郎……」
触れられることにも、慣れてしまった。
抱きしめられて、安堵する。
今、俺にはこの人だけが見えている。
この人――アーチャーが、俺だけを見ているかと言えば、そうでもないけれど……。
繋がれた当初は、常にアーチャーとの距離が、ずいぶん近かった。
けれど慣れてきたのか、アーチャーは通常、一定の距離を保って俺と接している。近すぎるほど触れ合うのはセックスの時くらいだ。
(それもアーチャーは、俺に付き合ってくれているだけで……)
俺がどうしようもないから。
俺がどうしてもアーチャーを求めてしまうから。
俺を抱いてくれるのも、俺を傍に置いてくれるのも、全部、全部……。
胸が痛くて潰れてしまいそうだ。
こんなにも辛い感情なんてものがあるなんて、知らなかった。
ずっと、知りたくはなかった……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
嘘に縛られていた英霊のシロウは、現界を続けたまま衛宮邸で日々を送っている。
ようやく前向きになって、自身も歩き出そうとしているようだ。
ただ、彼は表情と言葉を極端に失ってしまっている。彼が言葉を発するのは必要なことのみ。
だが、そんな彼とまともに会話をできる者が一人だけいる。
遠坂凛のサーヴァントとして現界を続け、そして英霊のシロウの契約主でもあるアーチャーだ。
アーチャーは英霊のシロウと“繋がれている”ために、離れることができない。ただ、アーチャー自身が英霊のシロウを離そうとしない、というのが本当のところだ。
この世界の衛宮士郎は、そんな二人と彼らの主である遠坂凛を、無駄に広い武家屋敷に快く居候させ、自らのサーヴァント・セイバーとともに、温かく彼らを見守ることにし――、
「おいおいおいおい、待て待て待て待て」
「何よう」
凛がレポート用紙の束を置く。
彼女はこれまでの経緯をレポートにし、誰かに報告でもするつもりなのだろうか……。
「どぉこが“快く”、だよ!」
その音読を聞くとはなしに聞いていた衛宮邸の主・士郎がすかさずつっこむ。
「見守っているでしょ?」
凛が、にっこりと笑みを見せると、ぐ、と詰まり、士郎は先の言葉が出ない。
「シロウ、負けてはいけません!」
セイバーの応援に、萎みそうな闘志をまた持ち上げて、
「見守ってない! それに居候ったって、強引に遠坂がやって来たんだろ!」
「だってー」
ぷっくりと頬を膨らませた凛に、士郎はまたもや挫けそうになる。
「表情を取り戻してやりたいって言っていたのは、どこの誰よー」
「な! 遠坂! 聞いてたのか!」
少し前、英霊のシロウが散々にボロボロになった後、士郎がアーチャーとしていた会話を、凛は居間から聞き耳を立てて聞いていたようだ。
「衛宮くんも見守ろうって思っているんでしょー?」
「う……、ま、まあ、そう、だけど……」
「じゃあ、そういうことでいいでしょ」
「っていうか、それよりも、問題があるだろ、差し迫った」
「あー、そうねー」
春休みに入り、衛宮邸に頻繁に来客が訪れることになるため、アーチャーと英霊のシロウをどうするか、という話だ。
今日も、もう少しすれば、間桐桜がやってくる。とりあえず、別棟の凛の部屋に集合ということになった。
衛宮邸の別棟、凛が間借りしている洋室で、家主・士郎と間借り主・凛、そして、三体の人ならざる者が、広くはない部屋に一堂に会し、深刻な顔で沈黙を保っている。
「あのー……」
口火を切ったのは、士郎。
「そろそろ、さ」
人口密度の高さからか、重苦しい空気からか、音を上げた士郎は提案する。
「夕飯の準備に――」
「まだよ!」
一抜けをしようとする士郎を制したのは、凛の鋭い声。
「いや、でも……」
「まだなんにも解決していないじゃない!」
「だ、だから、今まで通りで……」
「そういうわけにいかないから、相談しましょってことになったんでしょ」
「でもさ……」
士郎の言い分は、
“今まで来客のいる時は霊体になっていた二体のサーヴァントは今後も実体でうろつくことはない。今さら姿を現すなど、おかしい。今まで通りでいいだろう、急にどうしたんだよ、遠坂。”
ということなのだ。
「そんなんじゃ、矯正にならないでしょ」
「え? 矯正は終わったんじゃ?」
「何言ってるのよ衛宮くん。これからなのよ、こ・れ・か・ら!」
指をいちいち士郎の額に突き付けて、凛は噛み砕くように言う。
「でも、あいつ、もう大丈夫そうだろ、アーチャーがいれば」
壁にもたれて腕を組み、成り行きを見守っている屈強な男・アーチャーと、その傍に立つ、家主・士郎とうり二つの青年・英霊のシロウを指して凛に反論するが、
「よく見てみなさい!」
ぴしゃり、と跳ね返される。
「何を見ろって?」
ムッとしたまま、英霊のシロウに目を向ける。
「無表情、治ってないでしょ」
「あー、まあ、そうだけど。それ言ったら、アーチャーだって無表情だろ」
「それはそれ、これはこれ。アーチャーとシロウの無表情は、根本的に違うのよ」
「それは、わかってるけどさぁ……」
その“無表情”と言われた青年を“シロウ”と呼ぶ凛は、サーヴァントであるアーチャーを間に挟んで、そのシロウと孫契約を結んでいる。
「なんで面倒な方に……」
「いろんな人と関わったほうが、シロウのためになるからよ」
「えー……」
不満だらけの声を上げる士郎に、凛は構える。
「これ以上文句があるなら……」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それからの日々は、恙なく続いている。
あの人と“繋がれた”ままで、俺は日々を生き直そうとしている。
順調だと思う。
この世界の衛宮士郎も、セイバーも、遠坂も、みんな俺を正そうとしてくれているから、順調に……進んでいるはずなんだ、俺の矯正生活は。
「でも……」
ふと考えてしまう。
俺は……、俺の感情は、とんでもない方向へ向かっているんじゃないかと。
あの人が憧れるような存在であったのは事実だし、やることはやっているし、繋がれているし、勘違いかとも思った、繋がれた影響かもしれないと思おうとした。
だけど……、この胸の苦しさはずっと感じていた。
これが、その手の感情からだって、気づかなかっただけで、俺はあの座であの人の姿を見た時から……。
「ダメだ……、こんなのは、ダメだ……」
好きだとか、そんな感情、ありえない。
俺もあの人もエミヤシロウだ。
そんなのはおかしい。
こんなのは、間違っている。
それ以前に、俺もあの人も男だ。こんなのは、歪だ、おかしい。
心と身体が違うとか、そういう趣味趣向だとか、俺はそういうのじゃなかった。なのに、どうしてだ……。
「どうして……」
「何がだ?」
上から降ってくる声に顔を上げる。
真っ直ぐに俺を見つめてくれる鈍色の瞳は、まさしく英霊の、理想を遂げた輝きを宿している。
その瞳が俺を見ていると思うと、なんだか夢のようで、どうにも現実感がなくて……。
喜んでいる自分がいる。
幸せだと思っている自分がいる。
それをどこか冷めた様子で眺めている自分もいる。
「士郎」
名前を呼ばれることに慣れた。
「士郎……」
触れられることにも、慣れてしまった。
抱きしめられて、安堵する。
今、俺にはこの人だけが見えている。
この人――アーチャーが、俺だけを見ているかと言えば、そうでもないけれど……。
繋がれた当初は、常にアーチャーとの距離が、ずいぶん近かった。
けれど慣れてきたのか、アーチャーは通常、一定の距離を保って俺と接している。近すぎるほど触れ合うのはセックスの時くらいだ。
(それもアーチャーは、俺に付き合ってくれているだけで……)
俺がどうしようもないから。
俺がどうしてもアーチャーを求めてしまうから。
俺を抱いてくれるのも、俺を傍に置いてくれるのも、全部、全部……。
胸が痛くて潰れてしまいそうだ。
こんなにも辛い感情なんてものがあるなんて、知らなかった。
ずっと、知りたくはなかった……。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
嘘に縛られていた英霊のシロウは、現界を続けたまま衛宮邸で日々を送っている。
ようやく前向きになって、自身も歩き出そうとしているようだ。
ただ、彼は表情と言葉を極端に失ってしまっている。彼が言葉を発するのは必要なことのみ。
だが、そんな彼とまともに会話をできる者が一人だけいる。
遠坂凛のサーヴァントとして現界を続け、そして英霊のシロウの契約主でもあるアーチャーだ。
アーチャーは英霊のシロウと“繋がれている”ために、離れることができない。ただ、アーチャー自身が英霊のシロウを離そうとしない、というのが本当のところだ。
この世界の衛宮士郎は、そんな二人と彼らの主である遠坂凛を、無駄に広い武家屋敷に快く居候させ、自らのサーヴァント・セイバーとともに、温かく彼らを見守ることにし――、
「おいおいおいおい、待て待て待て待て」
「何よう」
凛がレポート用紙の束を置く。
彼女はこれまでの経緯をレポートにし、誰かに報告でもするつもりなのだろうか……。
「どぉこが“快く”、だよ!」
その音読を聞くとはなしに聞いていた衛宮邸の主・士郎がすかさずつっこむ。
「見守っているでしょ?」
凛が、にっこりと笑みを見せると、ぐ、と詰まり、士郎は先の言葉が出ない。
「シロウ、負けてはいけません!」
セイバーの応援に、萎みそうな闘志をまた持ち上げて、
「見守ってない! それに居候ったって、強引に遠坂がやって来たんだろ!」
「だってー」
ぷっくりと頬を膨らませた凛に、士郎はまたもや挫けそうになる。
「表情を取り戻してやりたいって言っていたのは、どこの誰よー」
「な! 遠坂! 聞いてたのか!」
少し前、英霊のシロウが散々にボロボロになった後、士郎がアーチャーとしていた会話を、凛は居間から聞き耳を立てて聞いていたようだ。
「衛宮くんも見守ろうって思っているんでしょー?」
「う……、ま、まあ、そう、だけど……」
「じゃあ、そういうことでいいでしょ」
「っていうか、それよりも、問題があるだろ、差し迫った」
「あー、そうねー」
春休みに入り、衛宮邸に頻繁に来客が訪れることになるため、アーチャーと英霊のシロウをどうするか、という話だ。
今日も、もう少しすれば、間桐桜がやってくる。とりあえず、別棟の凛の部屋に集合ということになった。
衛宮邸の別棟、凛が間借りしている洋室で、家主・士郎と間借り主・凛、そして、三体の人ならざる者が、広くはない部屋に一堂に会し、深刻な顔で沈黙を保っている。
「あのー……」
口火を切ったのは、士郎。
「そろそろ、さ」
人口密度の高さからか、重苦しい空気からか、音を上げた士郎は提案する。
「夕飯の準備に――」
「まだよ!」
一抜けをしようとする士郎を制したのは、凛の鋭い声。
「いや、でも……」
「まだなんにも解決していないじゃない!」
「だ、だから、今まで通りで……」
「そういうわけにいかないから、相談しましょってことになったんでしょ」
「でもさ……」
士郎の言い分は、
“今まで来客のいる時は霊体になっていた二体のサーヴァントは今後も実体でうろつくことはない。今さら姿を現すなど、おかしい。今まで通りでいいだろう、急にどうしたんだよ、遠坂。”
ということなのだ。
「そんなんじゃ、矯正にならないでしょ」
「え? 矯正は終わったんじゃ?」
「何言ってるのよ衛宮くん。これからなのよ、こ・れ・か・ら!」
指をいちいち士郎の額に突き付けて、凛は噛み砕くように言う。
「でも、あいつ、もう大丈夫そうだろ、アーチャーがいれば」
壁にもたれて腕を組み、成り行きを見守っている屈強な男・アーチャーと、その傍に立つ、家主・士郎とうり二つの青年・英霊のシロウを指して凛に反論するが、
「よく見てみなさい!」
ぴしゃり、と跳ね返される。
「何を見ろって?」
ムッとしたまま、英霊のシロウに目を向ける。
「無表情、治ってないでしょ」
「あー、まあ、そうだけど。それ言ったら、アーチャーだって無表情だろ」
「それはそれ、これはこれ。アーチャーとシロウの無表情は、根本的に違うのよ」
「それは、わかってるけどさぁ……」
その“無表情”と言われた青年を“シロウ”と呼ぶ凛は、サーヴァントであるアーチャーを間に挟んで、そのシロウと孫契約を結んでいる。
「なんで面倒な方に……」
「いろんな人と関わったほうが、シロウのためになるからよ」
「えー……」
不満だらけの声を上げる士郎に、凛は構える。
「これ以上文句があるなら……」
作品名:BRING BACK LATER 1 作家名:さやけ