BRING BACK LATER 1
シロウがアーチャーしか見ていないことをセイバーは知っている。繋がれているから仕方がないのかと思いはしたが、それ以前からシロウはアーチャーだけを見ていた。
それをセイバーは悔しい思いで見ていることしかできなかった。何しろシロウはセイバーを極端に避けていたからだ。
「やっと、逃げることはなくなったというのに……」
ふう、と何度目かのため息をこぼす。
廊下を歩く足音。何事かを静かに言い合いながら、アーチャーとシロウが張り終わった障子を元に戻しているのだろうと想像がつく。
口喧嘩をするではない二人の会話は静かなものだ。アーチャーは元来から厭味だが落ち着いて話す方だし、シロウに至っては口数が殆どない。それでもアーチャーとは会話というものが成立している。
セイバーには到底無理なことを、さらりとやってのけてしまうアーチャーに、やはり妬けてしまう。
セイバーでは、生きていた時代も国も違うため共通する話題も少ない、その点でも自分は不利だと思える。不意にシロウの今の姿を思い出し、ほんわりとセイバーは和む。
「……それにしても彼の今の格好は、なかなかにイケている。現代の服を着ると、やはりこの時代の人なのだとわかる。あの概念武装は異常だった。あれはもう、完全な形では現れないという。代わりに、凛が新都へ連れ出して買い揃えてきた洋服は、どれもこれも彼によく合っている……」
そうしてみると、士郎とは少し体格が違うということにセイバーは気づいた。
骨格的な肩幅は士郎と同じくらいあるが、肉付きがいまいちで、背は士郎よりも上にあるものの、アーチャーほどはない。
以前、士郎の服を着たら、シャツはダブつくわりに、股下が足りないというような結果になり、士郎がひとり涙ぐんでいたのをセイバーは見逃さなかった。
「普通にこの時代の若者の服を着ていると、英霊だ、などと気づくこともない。
ああ、いえ、彼の容姿は重要ではありません。それよりも、彼の雰囲気はどことなく儚げで、けれども、どこか吹っ切れたような気もする。ただ投げやり、とも取れる感じがしないでもない。
一言で言うならば、危うい……。彼は非常に危うい印象を受ける……」
セイバーはとても心配だが、シロウはセイバーにはいっこうに心を開かず、アーチャーにだけは何かしらのサインを送っている。
「確かに、元がエミヤシロウ同士ということもあるのでしょう。他人にはわかるよしもない細かなことがわかりあえるのでしょう。わかっているのですが……」
セイバーは唇を噛みしめる。
どうしても、セイバーは納得がいかない。
以前、凛と一緒に問い詰め、シロウが言いにくそうに話したシロウの聖杯戦争では、セイバーがシロウを支えたはずで、シロウもセイバーを信頼し、そうして勝ち残ったのだという。
ならば、もう少し自分に何かしらの思いを持っていてくれてもいいのではないか、とセイバーは思ってしまう。
「いいえ、決して、今、私のマスターであるシロウだけでは不満だと言うのではありませんが、彼もやはりシロウであることに変わりはない。ということで、やはり彼に対しても、なんでも相談に乗ってあげられる、お姉さん的な存在でありたい!」
「セイバー……」
「はい? なんですか? シロウ?」
「もうちょっと、抑えた方がいいと思うわよ、セイバー」
士郎と凛が、気まずそうな顔をしている。
「えーっとなぁ……、な? 遠坂?」
「ちょっと、私にふらないでよ!」
「あの、なんでしょうか? はっきり言ってください」
二人の態度にセイバーは首を傾げる。
「セイバーって、独り言が、大きいんだな」
独り言、とセイバーはさらに首を傾け、
「ハッ、ま、まさかっ!」
「にぶ……」
凛が目を据わらせる。
「は……、はわわ……。すべて、聞かれていた? あ! まさか、あちらのシロウとアーチャーにも! あの、わ、私は、あ……れ?」
「あの二人なら、買い物に出たよ」
士郎が苦笑いで答えれば、
「ふ、二人で、ですか?」
「え? あ、うん。夕飯の材料と湿気取りをな」
「そ、そうですか……」
ほっとしたような、またしてもアーチャーに先を越されたような、複雑な気分でセイバーは肩を落とす。
「セイバー、気持ちはわかるんだけど……、あまり、あいつには期待しないで」
「遠坂?」
「ど、どういう意味ですか!」
「あいつ、複雑なのよ。今の衛宮くんなんて足下にも及ばないくらい。それに、あなたのことをなんとも想っていないわけじゃないと思うわよ。きっと、想いすぎて、接し方がわからないんだと思うわ。だからセイバー、少し一歩引いたところから、あいつを見守っていてくれないかしら?」
セイバーにも凛の言葉は、よく理解できた。
(彼を見守る……。そういえば……)
セイバーは、はじめからシロウを問い詰めてばかりだったことに思い至る。
“アサシンに化けたのはなぜだ”
“シロウを嫌な気分にさせるのは許せない”
いつもいつも、シロウに強硬に迫っていた。
「これでは、彼は何も言えないでしょうし、私を避けようとするのも当たり前だ。凛、ありがとうございます。そうですね、私はやはり焦っていたようだ。私が彼に辛く当たったことも棚上げして、拗ねているのもおかしな話ですね」
「そ、わかってもらえて、何よ――」
「ただ、アーチャーばかりがなつかれているのは、納得がいきません!」
「え? セイバー?」
「五回に……、いいえ、三回に一回、アーチャーに触れるのなら私にも触れてほしい!」
「はい?」
士郎が目を丸くして訊き返し、
「はぁ……」
凛が深い深いため息をこぼした。
「今後は、そのようにお願いします! 凛、あちらのシロウに伝えておいてください!」
「は? なんで、私?」
「凛はマスターでしょう?」
「ち、違うわよ! あいつのマスターは、アーチャーよ!」
「そ、そうでしょうけど!」
「あー……、ごめーん、いろいろあってねー。最初からシロウのことは、アーチャー任せなのよねー。契約も縄がわりだって言って、」
あははは、と乾いた笑いを漏らす凛の言葉に、セイバーは目を剥く。
「縄? リード代わり? な、なんてことを! 彼は家畜ではありません! もう、アーチャーには任せておけません!」
「あー! セイバー、おちついて、それは、以前の話よ。今は、そんなのなくても問題ないし、アーチャーもそんなふうに思っていないわ」
鼻息荒く申し立てるセイバーを宥め、凛は大人びた表情でセイバーの肩に手を置く。
「あいつらが不器用なのは知ってるでしょ?」
「え、ええ」
「そっと見守ってほしいの、あいつも衛宮くんもアーチャーも含めて、エミヤシロウを」
凛の静かな口調に、セイバーはやっと悋気をおさめた。
結局のところ、セイバーはアーチャーにずっと嫉妬し、拗ねていただけなのだ。
アーチャーがシロウばかりを、シロウはアーチャーばかりを、と。
「凛、わかりました。彼らのことは一緒に見守っていきます。なので、私が暴走しそうであれば、シロウ、遠慮なく戒めてください!」
乾いた笑いを漏らしつつ、士郎は、俺に止められるかな、と本気で心配になっていた。
作品名:BRING BACK LATER 1 作家名:さやけ