63 脱出Ⅰ
― いいか。ここはウスチノフと組んだケレンスキーの配下と…、我々ユスーポフ候の配下の交代で外を見張っている。王党派の見張りは…近衛隊の人間だから…万が一バレたときに私一人で片づけるのは不可能だ。…だが、ケレンスキーの配下はしょせん素人の用心棒の寄せ集めだ。バレても私一人でどうにかなるだろう。…もう時間がない。すぐにでもやつらはアレクセイ・ミハイロフを片づけたいはずだから…。やつらが動く前に動く。脱出はやつらが見張りに立った…明日決行する。いつもあなたの世話にやってくるあの女は…ウスチノフの娘の乳母だ。…明日あの女がやって来た時に私があの女から鍵を奪うから…あなたはあの女の服を着て…あの女の振りをしてここを出るんだ。危険だけど…出来るな?
ロストフスキーが、手早く脱出の手順を説明する。ユリウスがロストフスキーの説明に大きく頷く。
「…やるよ」
「万が一のことがあってはいけないから…お腹に何か…布を巻いて保護しておけ」
いいな?明日の朝、あの乳母がやってきたら…決行だ。
そう念押して、ロストフスキーはユリウスが人質として捕らわれた料理屋の一室を後にした。
一人取り残されたユリウスが、大きく息を吐いてお腹に手をやる。
― ムッターは頑張るから…あなたも…ちょっとの間頑張ってね。
そしてユリウスは今一度窓から外を眺める。
太陽の沈む方向。ペトロパブロフスク要塞の方角。目の前のフォンタンカ運河から、今自分が囚われている位置をもう一度確認する。
― よし。出来る。今ならばまだ、ゆっくり行けば。帰りつく。
心の中で自分にそう言い聞かせ、奮い立たせる。
その日は、早めに床に就いた。目は冴えて眠れなかったが、肚が決まった今となっては、心は不思議な程落ち着き払っていた。
作品名:63 脱出Ⅰ 作家名:orangelatte