67 災厄Ⅱ
荒らされ人っ子ひとりいないー、まるで廃墟のようなミハイロフ邸のサロンに呆然と膝をついたアレクセイの元にひとりの人影が近づいてきた。
「久しぶりだなー。アレクセイ・ミハイロフ」
項垂れたアレクセイの頭上から、ハスキーな女性の声がする。
男装のすっきりとしたシルエット。ハスキーだが明らかに女性の声。
思わずそのシルエットに顔を上げる。
「お前は…⁈」
「来いよ」
自分を見上げ驚愕の表情を浮かべるアレクセイに、そのシルエットの持ち主ー、リューバ・ウェイは顎で立つように促した。
「おい…なぜお前が…⁈」
前を行くリューバにアレクセイが質問を投げかける。
裏門から出た所に、馬が二頭繋がれていた。
「マルコー⁉︎」
そのうちの一頭、彼の愛馬に駆け寄る。
「乗れよ。馬を走らせながら話す」
馬に跨がったリューバが、アレクセイに馬に乗るよう促す。
陽が落ち闇に包まれ始めた道を馬を並べた二人が行く。
「どういう事だ?リューバ」
「あの屋敷の惨状を見ただろう?中傷ビラに踊らされた民衆が暴徒となって、ミハイロフ邸を襲った」
「ああ」
「我々は裏の入り口から侵入して、襲われる寸前だったミハイロヴナ夫人と、執事を救出して保護した。彼女たちは、今我が家の所有している別邸に保護している。あの家の使用人たちも…無事だった者、まだミハイロフ家に仕える気のある者らは、少しずつ戻って来ているようだ」
「リューバ…、すまない。礼を言う」
「いいさ。久々に暴れていい憂さ晴らしになったよ。…だが、あんな奴らを…誰が本当の味方で…敵が誰かも見極められない奴らを救ってやった所で…この国に未来なんて…」
「言うな!…お願いだから…それ以上は…言わないでくれ」
リューバの正論をアレクセイが苦渋に満ちた声で制する。
「…ああ、そうだな…。お先真っ暗なのは…お互い様だな」
アレクセイに言葉を遮られたリューバが小さく笑った。
「ところでリューバ…」
「ん?」
「保護してくれた中に…若い女性は…いなかったか?…金髪碧眼の…お腹の大きな女性だ」
「ああ…、ビラ見たよ。あんたの奥さんだろ?…我々がミハイロフ邸に侵入して来た時には…ミハイロヴナ夫人と執事の二人だけが部屋に残っていた。…残念ながら夫人はいなかったよ」
「そうか…」
「すまないな…。ただ…あの屋敷に残された遺体の頭数には、そのような女性はいなかった。…少なくともあそこで殺されたという事は…ないだろう。…慰めにもならないな。…すまない」
「お前が謝る事じゃない…。祖母と執事を救ってくれて…感謝するよ。ありがとう。リューバ」
「いいよ、アリョーシャ。…あんな事を…あんなビラで中傷したところで…もう流れは変わりゃしないんだ…。あそこで殺されるなんて…全くの無駄死にで、あまりにも不条理だ。…だから…」
「そうか…」
別邸の門を開け、アレクセイを中に通し、下馬する。
「アレクセイ坊っちゃま!」
邸内に通されると、オークネフが走り出て来た。
走り寄るオークネフの顔はげっそりとやつれ、まるで今日1日で10は年を取ったように見えた。
「オークネフ!」
まるで子供の頃のように自分を抱きしめ、「良かった…ご無事で良かった…」と繰り返しながら泣く老執事に、あらめて自分が…自分たち兄弟がこの家の人間の心をどれだけ痛めさせていたのか思い至る。
「済まなかった…オークネフ…ごめんなさい…」
優しい老執事の腕に抱きしめられたアレクセイは、子供の頃のように、ただ彼の優しい腕の中で謝る事しか出来なかった。
「久しぶりだなー。アレクセイ・ミハイロフ」
項垂れたアレクセイの頭上から、ハスキーな女性の声がする。
男装のすっきりとしたシルエット。ハスキーだが明らかに女性の声。
思わずそのシルエットに顔を上げる。
「お前は…⁈」
「来いよ」
自分を見上げ驚愕の表情を浮かべるアレクセイに、そのシルエットの持ち主ー、リューバ・ウェイは顎で立つように促した。
「おい…なぜお前が…⁈」
前を行くリューバにアレクセイが質問を投げかける。
裏門から出た所に、馬が二頭繋がれていた。
「マルコー⁉︎」
そのうちの一頭、彼の愛馬に駆け寄る。
「乗れよ。馬を走らせながら話す」
馬に跨がったリューバが、アレクセイに馬に乗るよう促す。
陽が落ち闇に包まれ始めた道を馬を並べた二人が行く。
「どういう事だ?リューバ」
「あの屋敷の惨状を見ただろう?中傷ビラに踊らされた民衆が暴徒となって、ミハイロフ邸を襲った」
「ああ」
「我々は裏の入り口から侵入して、襲われる寸前だったミハイロヴナ夫人と、執事を救出して保護した。彼女たちは、今我が家の所有している別邸に保護している。あの家の使用人たちも…無事だった者、まだミハイロフ家に仕える気のある者らは、少しずつ戻って来ているようだ」
「リューバ…、すまない。礼を言う」
「いいさ。久々に暴れていい憂さ晴らしになったよ。…だが、あんな奴らを…誰が本当の味方で…敵が誰かも見極められない奴らを救ってやった所で…この国に未来なんて…」
「言うな!…お願いだから…それ以上は…言わないでくれ」
リューバの正論をアレクセイが苦渋に満ちた声で制する。
「…ああ、そうだな…。お先真っ暗なのは…お互い様だな」
アレクセイに言葉を遮られたリューバが小さく笑った。
「ところでリューバ…」
「ん?」
「保護してくれた中に…若い女性は…いなかったか?…金髪碧眼の…お腹の大きな女性だ」
「ああ…、ビラ見たよ。あんたの奥さんだろ?…我々がミハイロフ邸に侵入して来た時には…ミハイロヴナ夫人と執事の二人だけが部屋に残っていた。…残念ながら夫人はいなかったよ」
「そうか…」
「すまないな…。ただ…あの屋敷に残された遺体の頭数には、そのような女性はいなかった。…少なくともあそこで殺されたという事は…ないだろう。…慰めにもならないな。…すまない」
「お前が謝る事じゃない…。祖母と執事を救ってくれて…感謝するよ。ありがとう。リューバ」
「いいよ、アリョーシャ。…あんな事を…あんなビラで中傷したところで…もう流れは変わりゃしないんだ…。あそこで殺されるなんて…全くの無駄死にで、あまりにも不条理だ。…だから…」
「そうか…」
別邸の門を開け、アレクセイを中に通し、下馬する。
「アレクセイ坊っちゃま!」
邸内に通されると、オークネフが走り出て来た。
走り寄るオークネフの顔はげっそりとやつれ、まるで今日1日で10は年を取ったように見えた。
「オークネフ!」
まるで子供の頃のように自分を抱きしめ、「良かった…ご無事で良かった…」と繰り返しながら泣く老執事に、あらめて自分が…自分たち兄弟がこの家の人間の心をどれだけ痛めさせていたのか思い至る。
「済まなかった…オークネフ…ごめんなさい…」
優しい老執事の腕に抱きしめられたアレクセイは、子供の頃のように、ただ彼の優しい腕の中で謝る事しか出来なかった。
作品名:67 災厄Ⅱ 作家名:orangelatte