67 災厄Ⅱ
「おばあさまは?」
「心労もあったのでしょう。…もうお休みになられております」
サロンに戻って来たオークネフがアレクセイに祖母の様子を報告する。
「…そうか」
アレクセイの顔が苦渋に歪む。
「アレクセイ、それから執事さん」
ー ちょっといいか?
二人がいるサロンにリューバがやって来た。1人掛けのソファに腰掛け、パンツに包まれた長い脚を組み、二人に座るよう目で促した。
アレクセイが向かいの長椅子に掛け、主人と一緒に着席する事を固辞するオークネフに座るよう再度促した。
オークネフが遠慮がちにアレクセイの隣に腰掛ける。
二人が着席したのを見て、リューバが話を切り出す。
「とりあえず、うちの別邸に保護したが…これからの身の振り方を早急に決めた方がいい。ウチとしては、使っていない別邸だし、いつまでいてくれても構わないのだが…お互い外野がそうはいかないだろう?ここに匿われているのが分かったら、また今日のような事が起こらないとも限らないし、…臨時政府側にばれたらミハイロヴナ夫人たちを人質にして罠を仕掛けて来る事も画策してくるだろう。…なあ、執事さん。ミハイロフ家の所有している別荘でもダーチャでも…どこでもいいからこの近郊でないのか?」
リューバに聞かれたオークネフが、言いにくそうに口ごもりながら答える。
「ミハイロフ家は…1900年のドミートリイ様の反逆事件の折に、爵位を剥奪され…領地を返上致しましたもので…、その時皇帝から下賜されたダーチャも一緒に返上申し上げました…。あ!」
面目なさそうに説明しかけたオークネフが、突然思い出したように言葉を切る。
「…なんだ?オークネフ」
「確か…この近くに…、先代侯爵…ミハイル様が、あなた様母子のために整えていた別邸が…。もうずっと使っていない屋敷で、私も大奥様には内密で…という事で、内々に作業を進めていたので、表立った管理の台帳にも載せておらず…それ故にあの事件の後も、没収されずに確かそのままとなっている筈です!」
まさに瓢箪から駒のその話にアレクセイの鳶色の瞳が大きく見開かれた。
「俺たち親子のためって…俺は…そんな屋敷、全然知らないぞ?」
「それは…その屋敷にお迎えする前に…マリア様が、あなたのお母様が…郷里に帰られてしまわれたからです…。結局その屋敷は主人を迎える事もなく、30年もの間…放置されておりました」
「よし…。アリョーシャ、その屋敷、明日にでも様子を見てこよう。兎に角、婆さんが休める場所と…人が最低限生活出来るスペースだけ確保できればいい」
「そうだな!…オークネフ、よく思い出してくれた!ありがとう…」
アレクセイに両手を取られたオークネフが声をつまらせる。
「坊っちゃまの…ご両親の、ミハイル様とマリア様の愛情の思し召に思えてなりません…。お二人は…それは坊っちゃまの誕生を楽しみにされていたから…丁度今の坊っちゃまとユリウス様のように…」
往時の二人を思い出して肩を震わせるオークネフの老いた背中をアレクセイが優しく撫で続けた。
作品名:67 災厄Ⅱ 作家名:orangelatte