BRING BACK LATER 2
BRING BACK LATER 2
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
引きずられている。
繋がれていることに、士郎は感情まで引きずられている。
こいつを座に還さないために私は凛に依頼し、士郎を説得……いや、宥めすかすようにして繋いでもらった。戸惑うこともあるが慣れれば、まあ、問題はない。
士郎は面倒ではないのかと訊いてきたが、さして面倒だとは思わなかった。何よりも、こいつが勝手に座に戻らない、という安堵の方が勝つ。
だが、一つ問題が出てきた。
士郎が繋がれたことに、極端に引きずられ過ぎている。
無表情で、言葉は少ない。
だが、それをこいつは行動で賄う。私の傍らでいつも私を窺っている。極端なのが、手を差し伸べた時、それと、こいつの頭を撫でた時だ。
表情や態度には表れない、だが、こいつの醸し出す気配には顕著に表れる。本当に微かな変化ではあるが、私はそれに気づいてしまった。
まあ、気づくのは当たり前の話だ。それほど私はこいつを見ている。視覚で見るのもあるが、気配というか、感覚とでもいうか、とにかくそんなあやふやな物でこいつを感じることができる。
それが契約主だからなのか、繋がった所以なのかはわからないが、そういうことが感じられるようになった。
そして、だからこそ気づいたのだ。その、士郎が引きずられているだろう感情に……。
頭を撫でると、されるがままになってじっとしている。表情には何も表れない。だが、私の感じる感覚には、まるでこいつの周りに花が咲いたような錯覚を受ける。
手を差し伸べた時も似たようなものだ。その時は、ぽんぽんと手品師が花を手から出すように、一輪一輪こいつの中から飛び出しているような感じだ。
他の者にもそうなのかと試してみたいが、いかんせん、士郎は私以外の者との接触をしたがらない。
かろうじて凛には触れられていることもあるが、自分からは決して近づかない。凛が強引なために、嫌々従っているような感じだ。なので、花的なものは一切感じられない。
いや、士郎の花畑談義は置いておこう。
それよりも、大事なことがある。
引きずられるままでいいのか、という問題だ。
触れるのもキスもセックスも、前々からしていた行為なので抵抗はない。だが、今のこいつは、明らかに感情を引きずられ、私を求めることが当然だとでもいうように私に触れてくる。
私も触れられるのが嫌なわけではない。小僧が、自由に使え、と提供した洋室でならば、なんら構わないのだ、迫ってこようが、強引に乗っかってこようが。
(だが、これは……)
ここは居間だ。
私は洗濯物をたたんでいる。
そして、今は夕刻。
家主と間桐桜が台所に並び立ち、夕食を作っている。凛は頬杖をつきながらぼんやりとして、夕方のニュースを見ているのか聞いているのか判然としない。セイバーは、堅焼き煎餅をクラッシャーのようにバリバリ言わせて食べている、私を睨みながら……。
これはないだろう。
うむ。あり得ない。
洗濯物をたたむ私の脚を枕に、こいつは惰眠を貪っている……。
どういうことだ。
いつから、こうなった?
確か、こいつも洗濯物をたたんでいたはずだ。
どういうことなのか、いったい……。
確かに頭を撫でた。
いつになく、ユラユラと頭が揺れているな、とは思ったが、まあ、いいか、と思ったのが運のツキだ。
こてん、と私の腿の上に突っ伏したかと思えば、それきり頭を上げない。
はじめは蹲るようなおかしな格好で、身体が辛くないのかと思っていたが、そのうちに脚を伸ばし、スヤスヤと寝息を立て……。
(これは、完全に膝枕状態では……?)
……今に到っている。
「は……、まったく……」
ため息をついたところで、今さら叱りつけるわけにもいくまい。そんなことをすれば、では、今まで膝を貸していたのはなんなのだ、と周りからつっこまれるのがオチだ。
そう、今さらだ。
なぜ私は、こいつが脚の上に突っ伏した時に、張り倒すか、もしくは跳ね除けるか、何らかのアクションを取らなかったのか……。
悔やまれる。
数十分前の自分を、しっかりしろ! と殴りたい。
ただ、こうされることに嫌悪感を湧かせなかった。甚だ疑問だ。
私までどうしてしまったのか……。
引きずられるこいつに、私まで引きずられてどうする……。
二度目のため息をつきかけて、この屋敷に近づいてくる気配に気づく。ささっと洗濯物をたたみ終えて片手に持ち、士郎を肩にもたれさせて片腕で抱える。
「小僧、これはお前の部屋に置いておくぞ」
「え? は? え、なに?」
いまいち反応できない小僧の返事は待たず、さっさと居間を出た。あんなところで前の状態を虎に見咎められては、何を言われるかわからない。
未成年が出入りするのだから、と釘を刺されているのだから、居間のような公共の場で、あの状態はだめだろう。
洗濯物を小僧の部屋へ置き、別棟の洋室へ向かう。士郎は起きる気配もなく、私にすべてを預けきったまま夢の中だ。
くすり……。
「む……」
つい、笑いが漏れてしまって、すぐに眉間に力がこもる。
特に楽しいわけでもない。なのに私は今、笑ってしまったのだ。
むず痒い。鳥肌が立つ。
(こういうことには、慣れていない……)
守護者となってからはもちろんのこと、生前の色褪せた記憶にも、こういったことはなかったはずだ。
(我ながら、枯れた人生だったものだな……)
誰かにすべてを預けられたことも、こいつのような依存をされたこともなかった。恋人はいたはずだが、結局、私はその人ともたいした関係は築けず……。
(いや、私の過去などはどうでもいい。こいつだ、こいつ)
ちらりと横抱きに抱えなおした士郎を見下ろすと、表情のない顔のはずなのに、寝顔が無邪気に見える。
おかしなものだ。意識がなければ、こいつの顔に微かな表情があるように見えるのだから。
部屋に着き、士郎をベッドに横たえ、私が魔力を流して黒くした髪を撫でる。
「お前の本心は、どこにある……」
私を求めるのは、どう考えても引きずられているから。では、それに付き合ってやる私は何を望んでいるのか……。
「…………」
私まで引きずられていてどうする……。
キスをするのも、セックスをするのも、繋がっている所以。それ以上でも、以下でもない。
私は士郎を矯正するために繋いだ。他に理由などない。
こいつには、本当にリハビリが必要で、せめて僅かな表情でも取り戻せたら、と思う。
それだけだ。
他に何らかの感情など、ありはしない……。
こいつの感情も、本物かどうかわからないのだ。ならば、引きずられて手の打ちようがなくなる前に、私はこいつに教えてやらなければならない。
一線を画して、我々は接しなければならない。
繋がれている今湧き上がる感情など、無意味なものだと士郎にはわからせてやらなければならない……。
たとえ私に都合がいいとしても、今の士郎の感情は、流されたものなのだから。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
春爛漫。
世は桜満開の華やかな週末。
当然、藤村大河はお弁当を持って、お花見に行こう! と、強引に決めてしまった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
引きずられている。
繋がれていることに、士郎は感情まで引きずられている。
こいつを座に還さないために私は凛に依頼し、士郎を説得……いや、宥めすかすようにして繋いでもらった。戸惑うこともあるが慣れれば、まあ、問題はない。
士郎は面倒ではないのかと訊いてきたが、さして面倒だとは思わなかった。何よりも、こいつが勝手に座に戻らない、という安堵の方が勝つ。
だが、一つ問題が出てきた。
士郎が繋がれたことに、極端に引きずられ過ぎている。
無表情で、言葉は少ない。
だが、それをこいつは行動で賄う。私の傍らでいつも私を窺っている。極端なのが、手を差し伸べた時、それと、こいつの頭を撫でた時だ。
表情や態度には表れない、だが、こいつの醸し出す気配には顕著に表れる。本当に微かな変化ではあるが、私はそれに気づいてしまった。
まあ、気づくのは当たり前の話だ。それほど私はこいつを見ている。視覚で見るのもあるが、気配というか、感覚とでもいうか、とにかくそんなあやふやな物でこいつを感じることができる。
それが契約主だからなのか、繋がった所以なのかはわからないが、そういうことが感じられるようになった。
そして、だからこそ気づいたのだ。その、士郎が引きずられているだろう感情に……。
頭を撫でると、されるがままになってじっとしている。表情には何も表れない。だが、私の感じる感覚には、まるでこいつの周りに花が咲いたような錯覚を受ける。
手を差し伸べた時も似たようなものだ。その時は、ぽんぽんと手品師が花を手から出すように、一輪一輪こいつの中から飛び出しているような感じだ。
他の者にもそうなのかと試してみたいが、いかんせん、士郎は私以外の者との接触をしたがらない。
かろうじて凛には触れられていることもあるが、自分からは決して近づかない。凛が強引なために、嫌々従っているような感じだ。なので、花的なものは一切感じられない。
いや、士郎の花畑談義は置いておこう。
それよりも、大事なことがある。
引きずられるままでいいのか、という問題だ。
触れるのもキスもセックスも、前々からしていた行為なので抵抗はない。だが、今のこいつは、明らかに感情を引きずられ、私を求めることが当然だとでもいうように私に触れてくる。
私も触れられるのが嫌なわけではない。小僧が、自由に使え、と提供した洋室でならば、なんら構わないのだ、迫ってこようが、強引に乗っかってこようが。
(だが、これは……)
ここは居間だ。
私は洗濯物をたたんでいる。
そして、今は夕刻。
家主と間桐桜が台所に並び立ち、夕食を作っている。凛は頬杖をつきながらぼんやりとして、夕方のニュースを見ているのか聞いているのか判然としない。セイバーは、堅焼き煎餅をクラッシャーのようにバリバリ言わせて食べている、私を睨みながら……。
これはないだろう。
うむ。あり得ない。
洗濯物をたたむ私の脚を枕に、こいつは惰眠を貪っている……。
どういうことだ。
いつから、こうなった?
確か、こいつも洗濯物をたたんでいたはずだ。
どういうことなのか、いったい……。
確かに頭を撫でた。
いつになく、ユラユラと頭が揺れているな、とは思ったが、まあ、いいか、と思ったのが運のツキだ。
こてん、と私の腿の上に突っ伏したかと思えば、それきり頭を上げない。
はじめは蹲るようなおかしな格好で、身体が辛くないのかと思っていたが、そのうちに脚を伸ばし、スヤスヤと寝息を立て……。
(これは、完全に膝枕状態では……?)
……今に到っている。
「は……、まったく……」
ため息をついたところで、今さら叱りつけるわけにもいくまい。そんなことをすれば、では、今まで膝を貸していたのはなんなのだ、と周りからつっこまれるのがオチだ。
そう、今さらだ。
なぜ私は、こいつが脚の上に突っ伏した時に、張り倒すか、もしくは跳ね除けるか、何らかのアクションを取らなかったのか……。
悔やまれる。
数十分前の自分を、しっかりしろ! と殴りたい。
ただ、こうされることに嫌悪感を湧かせなかった。甚だ疑問だ。
私までどうしてしまったのか……。
引きずられるこいつに、私まで引きずられてどうする……。
二度目のため息をつきかけて、この屋敷に近づいてくる気配に気づく。ささっと洗濯物をたたみ終えて片手に持ち、士郎を肩にもたれさせて片腕で抱える。
「小僧、これはお前の部屋に置いておくぞ」
「え? は? え、なに?」
いまいち反応できない小僧の返事は待たず、さっさと居間を出た。あんなところで前の状態を虎に見咎められては、何を言われるかわからない。
未成年が出入りするのだから、と釘を刺されているのだから、居間のような公共の場で、あの状態はだめだろう。
洗濯物を小僧の部屋へ置き、別棟の洋室へ向かう。士郎は起きる気配もなく、私にすべてを預けきったまま夢の中だ。
くすり……。
「む……」
つい、笑いが漏れてしまって、すぐに眉間に力がこもる。
特に楽しいわけでもない。なのに私は今、笑ってしまったのだ。
むず痒い。鳥肌が立つ。
(こういうことには、慣れていない……)
守護者となってからはもちろんのこと、生前の色褪せた記憶にも、こういったことはなかったはずだ。
(我ながら、枯れた人生だったものだな……)
誰かにすべてを預けられたことも、こいつのような依存をされたこともなかった。恋人はいたはずだが、結局、私はその人ともたいした関係は築けず……。
(いや、私の過去などはどうでもいい。こいつだ、こいつ)
ちらりと横抱きに抱えなおした士郎を見下ろすと、表情のない顔のはずなのに、寝顔が無邪気に見える。
おかしなものだ。意識がなければ、こいつの顔に微かな表情があるように見えるのだから。
部屋に着き、士郎をベッドに横たえ、私が魔力を流して黒くした髪を撫でる。
「お前の本心は、どこにある……」
私を求めるのは、どう考えても引きずられているから。では、それに付き合ってやる私は何を望んでいるのか……。
「…………」
私まで引きずられていてどうする……。
キスをするのも、セックスをするのも、繋がっている所以。それ以上でも、以下でもない。
私は士郎を矯正するために繋いだ。他に理由などない。
こいつには、本当にリハビリが必要で、せめて僅かな表情でも取り戻せたら、と思う。
それだけだ。
他に何らかの感情など、ありはしない……。
こいつの感情も、本物かどうかわからないのだ。ならば、引きずられて手の打ちようがなくなる前に、私はこいつに教えてやらなければならない。
一線を画して、我々は接しなければならない。
繋がれている今湧き上がる感情など、無意味なものだと士郎にはわからせてやらなければならない……。
たとえ私に都合がいいとしても、今の士郎の感情は、流されたものなのだから。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
春爛漫。
世は桜満開の華やかな週末。
当然、藤村大河はお弁当を持って、お花見に行こう! と、強引に決めてしまった。
作品名:BRING BACK LATER 2 作家名:さやけ