BRING BACK LATER 2
「藤ねえは、ほんっと、他人の都合とか、訊かないよな」
「どーせ、暇でしょ、学生なんてー。来年は卒業しちゃうから忙しいだろうけど、今年は暇じゃない」
「藤ねえは忙しいんじゃないのかよ?」
「今日はお休みなの! 貴重な、お休み! だから、お花見よー」
「花はなくても呑んで食べられればいいんだろ……」
「あったり前でしょー」
大河がウキウキとして荷造りしている。
「さ、行くわよ、士郎」
「は? 俺、弁当を――」
「二人に任せておけばいいでしょ! ほら、私たちは、場所取りよ」
凛と桜とセイバーを引き連れた大河に、士郎も続く。
「じゃ、アーチャーさん、シロウくん、お弁当よろしくねー」
大河は台所の二人に声をかけ、意気揚々と出かける。
「相変わらずだな、あの人は」
アーチャーの声にシロウは頷き、大河たちが出て行った戸口をじっと見ている。
「どうした?」
声をかけても、シロウは反応しない。
「士郎?」
振り返った格好のまま、シロウは一心に居間の戸口を見ている。アーチャーの声など聞こえていない様子だ。
ムッとして、アーチャーはその頬に手を添えた。驚きに身体が、びく、と跳ね、アーチャーを見上げた漆黒の瞳は、近づくアーチャーの顔を映している。
今の今まで、アーチャーに興味すら示していなかったシロウは、その口づけを受け取り、その背に手を回して縋りつく。
やがて唇が離れ、濡れた唇を拭うように舐められ、名残惜しさに背伸びして、シロウはキスをせがむ。
「クッ……、少し、がっつきすぎだ」
アーチャーの苦笑に、驚いたように見開かれた目はすぐに逸れて、シロウはアーチャーから離れた。
「悪い……」
「いや、謝ることもないが……、どうした?」
表情に何も表れていないが、アーチャーは僅かな違和感を覚えた。
「士郎?」
窺うように呼べば、シロウは、ぽそり、と声を出す。
「……アーチャーは、どうして、俺とこんなことをするんだ?」
「どうして……とは……」
自分が望むから、だとは言えない。シロウがこれ以上繋がれていることに引っ張られては問題だ。
「わかりきったことを訊くな。お前が求めるからだ」
「俺が……求める……」
呆然と繰り返すシロウの表情はまったく無い。
「それは……おかしい……、俺が求めるから、あんなことを……? アーチャーは、無理をして、」
「士郎、無理を強いられるのは、受け入れる側のお前だろう? 私はさして問題ではない。お前の方がむしろケガをしていないか? 無理をしていないのか?」
切り返されて、シロウは何か言おうとした口を一度閉じ、ぽつり、とこぼす。
「……して、いない」
「そうか、ならば、問題ない」
アーチャーはシロウの頭を撫で、弁当作りを再開する。シロウも弁当作りに戻った。
忘れ物がないか、と台所から居間を見渡し、冷蔵庫の中も確認し、アーチャーは玄関へ向かう。すでに土間で靴を履いて待っているシロウは、いつにもまして表情が無いように見える。
「士郎、どこか……、体調でも悪いのか?」
サーヴァントに体調を訊くというのもおかしな話だと思いつつも、アーチャーはシロウのその様を見て、つい訊いてしまった。
「どこも悪くはない」
明瞭な答えに、アーチャーは気の回しすぎかと、自身に少々呆れる。
「行くぞ」
衛宮邸の門をくぐったところで、アーチャーに手を差し伸べられ、シロウは首を振る。
「士郎?」
いつもなら迷わず手を伸ばしてくるシロウが、アーチャーに手を引かれることを拒んだ。
「荷物が、多い、から、」
ぽつり、と言ったシロウに、
「問題ない」
あっさりと言って、アーチャーはその手を掴んだ。
「あのっ……」
そのままアーチャーは歩き出す。
「あ……の……」
次第に声は萎んでいき、シロウはおとなしくアーチャーに手を引かれて歩く。
ちらり、とアーチャーが背後を窺うと、少し俯いた顔は、何かを堪えているように見えた。
(お前は、何を……?)
アーチャーには察することもできない。
会話もないまま満開の桜の下に陣取った大河たちと合流したものの、やはりシロウはろくに言葉を発しない。
極端に話さなくなったシロウだが、今日は特に酷い。
(何か変化があったか……?)
アーチャーは原因を探そうと、シロウを注意深く観察してはみたが、何も手掛かりになるものは見つけられなかった。
***
望む言葉など決して聞けないと知っていて、それでも勇気を出してシロウはアーチャーに疑問をぶつけた。
なぜ、キスやセックスをするのかと。
アーチャーの答えは覚悟していたものだった。
お前が求めるからだ、と、はっきりと紡がれた言葉は、シロウをやはり打ちのめした。
覚悟をしていたとはいえ、見事に玉砕してしまい、シロウは本当ならばもうあのまま部屋に駆け込んで、引きこもっていたかった。
だが、大河の企画した花見を無碍にはできない。
じくじくと膿んだ傷口のような痛みが胸の内に広がっていく。
(俺が……求めるから、アーチャーは……)
もっとも正しく、もっとも聞きたくなかった答えだった。
満開の桜はすでに散りはじめている木もあってか、風に柔らかな色合いの花びらが舞う。
(俺は、この世界では異質なものだ……)
ここに生きていないということでは、セイバーもアーチャーも同じだが、この二人は正しく召喚されている。シロウは、誰に召喚されたのでもない。
ただアーチャーに付随して、この世界に紛れ込んだだけだ、とシロウは認識している。
自身が何にも求められておらず、ただ、この世界で、人と同じようなことをして、過ごさせてもらっている。
シートの上で繰り広げられる歓談。花びらの舞う桜の木の下。
目の前の光景は、どこか遠い世界のようだった。
いたたまれずに立ち上がり、シロウは桜の花を見上げながら歩き出す。
(こちらを見ている……)
桜の花は大地に向かって咲く。
まるで見上げる人々を気遣うように、あたたかい太陽に顔を背けて……。
(眩しくて……、見られないのかもな……)
太陽の光が強くて、眩しすぎて、ひまわりのように、天を向いては咲けない。
(俺と同じ、意気地無しだ……)
やめなければと、消えた方がいいと、わかっていながらこの世界に留まっている。ただ、アーチャーの傍にいたいと、触れていたいと思ってしまうために。
(こんなこと、やめてしまえば、楽だ……)
さっさと消えてしまえば済むことで、契約しているからといっても、物理的にこの身が保てなくなれば、自然淘汰のごとく消えていく存在だ。
(今すぐに消えてしまえばいい)
そうすれば道ならぬ想いに苛まれることもなく、報われないことを改めて突きつけられて苦しくなることもない。
少なくはない花見客の間をシロウは歩きはじめた。遊歩道へ出て駆け出す、何かを追うように、いや、何かから逃げるように、シロウは駆けた。
ただ離れるために、求めてはいけない存在から自身を遠ざけるために……。
途端、急激な吐き気に足が止まる。
「あ……」
繋がっていることを忘れていた。
よろめいて、立っていることもできなくなり、道端に座り込む。
「あ……、俺……」
作品名:BRING BACK LATER 2 作家名:さやけ