BRING BACK LATER 2
シロウがセイバーと居たいと言えば、それを叶えてやるくらいの器量は持っているつもりだ。
「ふふ……」
凛の電話は終わったようだ。アーチャーを見て、何やらにんまりと、不吉な笑みを見せている。
「な、なんだ……」
嫌な予感を覚えながら、アーチャーは訊く。
「セイバーがね、」
指先で口を覆い、凛は笑いを堪えている。
「なんだ、セイバーが、どうした」
「シロウとね、」
ぴく、とアーチャーは、自身の目尻が引き攣るのを感じた。
「仲良くなったらしくてねー、」
「だ、だから、なんだと――」
「膝枕で寝ちゃったんですってー」
「は? 膝……枕?」
少なからずアーチャーは後頭部を鈍器で殴られたようなショックを受けた。
(私もしてもらったことはないぞ!)
つい言い募りそうになって、声を噛み潰す。
(ま、待て……、落ち着け、オレ……)
深呼吸を二回。
(よし、落ち着いた……)
凛はいまだに、ニヤニヤと笑っている。
「なんだかねー、話をしているうちに寝ちゃったんだって、シロウが」
(ぎゃ、逆か……)
アーチャーは、ほっとした。
(いや、ほっとしている場合ではないかもしれない。セイバーの膝枕で寝てしまった、だと?)
その言葉の意味を理解するとともに、なんだってそんな無防備な、と頭を抱えたくなる。
「んふふー」
凛が三日月型に目を細めて笑っている。
「凛……、その笑い方は、優雅でもなんでも――」
「ジェラシーよねえ、アーチャー?」
笑いを含んで言うな、と心でつっこむ。
「ジェ、ラシー、など、」
舌がうまく回らず、声が詰まる。
「どーするー? 帰ったら、シロウはセイバーのものになっちゃってるかもねー」
「そ、そんなわけがないだろう!」
「あら、自信たっぷりー」
「凛!」
「あ、そろそろ、時間ね、行くわよ、アーチャー」
さらりとアーチャーの言い分も無視して、凛はさっさと仕事モードだ。
(このマスターは……)
散々凛の揺さぶりに翻弄されたアーチャーは、苦々しくため息をこぼす。
(まったく、冗談じゃない。セイバーのもの、だと? ふざけるな、私がどれだけ士郎を大事に大事に扱ってきたか。今さら掻っ攫われてたまるかっ!)
悶々としつつ凛に続きながら、だが、とアーチャーは冷静さを引っぱり出す。
(……士郎に質さなければならない)
シロウの意志は、どこにあるのか。
(私なのか、セイバーなのか……)
熱を灯すきっかけか、それとも熱で満たす者か、どちらだ、とアーチャーはシロウに迫りたくなる。
曖昧なのも、却ってよくない。
ズルズルと流されていくのではなく、手遅れになる前にシロウの意志はどこにあるのかをシロウに自覚させ、決めさせる必要があるとアーチャーは考える。
(それをはっきりさせれば……、士郎は私に見向きもしなくなるかもしれない……。それでも私は、毅然と訊くことができるのだろうか……)
現状に甘んじている己に、シロウに求められることを望んでいることに、そのすべてをかなぐり捨ててシロウの意志を尊重することなど、はたしてできるのだろうか、とアーチャーは自信を失いそうになる。
(いや、しなければならない)
シロウをまっとうにするために、アーチャーが導くと宣言したのだ。
(帰ったら、話し合おう。士郎の意志を確認しよう)
私のことを本当はどう思っているのかと、そんな女学生のような、質問を……、と思わず頭を抱えたくなる。
それを訊くのもなんだが、アーチャーには自信がない。少し前までは誰にもシロウを奪われる気はしなかった。
だが、このところのシロウを見ていれば、アーチャーに対する以前のような依存は見られない。どちらかというと避けようとしている節が見受けられる。
(花見の時は、明らかに逃げようとしていた……)
離れていく気配に、途轍もない焦燥を覚えた。
(あんなものは、二度とごめんだ……)
離れてほしくない。
それは、繋がれている故の作用ではなく、アーチャーが自ら思うことだ。
(私は、お前を離したくはないのだ……)
どうかしている、とアーチャーは自身を嗤う。
だが、どうしようもない想いというものは存在する。自身が理想を追い求めたのと同じで、自分自身ではどうすることもできない感情。
(愚かなのは私も同じ、歪なのもエミヤシロウの資質。ならば、もう、認めるしかない。この感情ごと、受け入れるしかない……)
自身に踏ん切りをつけ、アーチャーは、はっきりさせよう、と決意した。
BRING BACK LATER 2 了(2017/3/3)
作品名:BRING BACK LATER 2 作家名:さやけ