花、一輪
下唇を舐り舌を差し込んでみても、身体をきつく抱き寄せてみても、アンジェリークからの反応はなかった。
唇を放して瞳を覗き込むと、ゆっくりと瞬いたアンジェリークからようやく言葉が零れ出た。
「……気が済んだ?」
その余りにも冷たい言葉に、ルヴァの体の中で一気に血の気が引いていく。
「私には、もはや殴る価値もないっていう、こと、ですか……?」
絶望に満ちた心の内側をちりちりと焼かれる思いがして、ルヴァは放心の表情でアンジェリークへと視線を向ける。それに対して彼女の表情には憂いが見て取れた。
「ううん、そうじゃないの。これ以上深入りできないだけ……」
アンジェリークが声色にどこか苦渋の想いを滲ませているせいで、ルヴァは本来の物分かりの良さを出し切れないでいた。これが自分の感情とは一切無関係な「見知らぬ誰か」の話なら、彼はこの微妙な言葉の違いにもすんなりと理解を示せたはずである。
「深入りする気がない、ではなくて『できない』なんですね。意味が分かりません、もっとちゃんと言ってくれませんか。私がそういう、駆け引きじみた会話は苦手だとあなたは良くご存知でしょう」
アンジェリークの性格上、本当に振るときはきっぱりと言ってのけるだろう。恋愛感情は持てないが人として好ましく思っているのであれば、事実そのように言っただろう────オルヴァルと同じように。そして何より彼女は誰に対してもきちんと言葉を選んで謝れる人だったから、こんな中途半端な態度を見たのは初めてのことだ。考えを隠しているせいでどこか論点がずれてしまっているような、出口のない迷宮を無意味に彷徨っているような、何とも形容しがたい心地の悪さがある。ルヴァの中でそんな分析がなされて不可解さに眉根を寄せている間、アンジェリークが口を開いた。
「……いいわ、買い出しに行けば理由なんか嫌でも分かるから……出かけましょ」