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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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花、一輪

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 アンジェリークが年齢差を酷く気にしている点、他の女性が放っておかないだろうと不安を覚えている点についても説明済みだ。
 落ち着かない様子でこくこくと何度も大きく頷くルヴァ。
「そう……そうです」
「目の前であんなことされたら、ただでさえ色々気にしちゃってるあの人が余計気にしちゃうって、普通に分かりそうなもんですけど」
 こちらはあの女性客について何の意識もしていなかったために気づくのが遅れたが、それは正にアンジェリークが危惧していた通りの話で、ルヴァの表情が次第に青褪めていく。
「あ……! ど、どうしましょう、オルヴァル」
 かといって今更突き返すわけにもいかない。どうしたものかと狼狽えるルヴァをよそに、オルヴァルがつかつかとテディベアの陳列コーナーへと歩み寄り、その中から二つ抱え上げてアクセサリーの陳列コーナーへと回る。
 カウンターの上に手にしたそれらを並べ、細い金チェーンのブレスレットをテディベアの首に下げている。小さなテディベアには丁度いいサイズのネックレスになっていた。
「仕方ないですね、はいこれ。一緒に並べておけばいいんじゃないですか」
 ルヴァは手渡されたぬいぐるみよりも首につけられたブレスレットが気になり、そっと指でつまみ上げた。
 アンジェリークの瞳と似た色のさざれ石が所々に散りばめられている。
「おや……これはかんらん石ですか。なかなか綺麗な発色ですねえ」
「いいでしょう? アンジェリークの目の色ならエメラルドのほうが近いんでしょうけど、うちの客層的にはペリドットのほうが、ね」
 言葉を濁してはいたが”価格帯が丁度いい”と暗に仄めかしたオルヴァルが、次に古めかしいブローチをつけたテディベアを手渡した。
「これもペリドットですが、こっちは石も大きめでアンティークなんで少し男性的な雰囲気もありますよ。去年蚤の市で見つけたんです」
 硬度が低いかんらん石は加工技術に優れた星では今やあまりメジャーな宝石ではないものの、加工のしやすさからその歴史は古く、かなり広い星域で産出されている。
 いつだったか、アンジェリークがこの石について”ルヴァ様が好きなお茶の色みたい”と笑っていたのを思い出し、ルヴァは懐かしさに目を細めて話し出す。
「この石は複屈折と言って、宝石に入った光が二重の光となって出て行く性質を持っています。それもあってか夫婦の幸福や平和と言う意味が────」
 そこまで言って、ルヴァははっと顔を上げた。視線の先ではオルヴァルが穏やかに微笑んでいる。
 夫婦の絆を強めて二人の幸せを守る石を身に着けたテディベアに目を落とし、オルヴァルと交互に見つめた。
「この二匹はあなたとアンジェリーク。今窓辺にいるのはオレってことにしときましょう」
 そう言ってオルヴァルはにっこりと頬を上げた。
 返す、人にあげる、こっそり捨てるといった選択肢が頭の中に浮かんだものの、人としてそれはどうかと思っていたルヴァとしては、オルヴァルの平和的解決は実に称賛に値するものだった。
 何かを引き算するのではなく足し算で物事を判断する点においても、彼とアンジェリークはとても良く似ていた。
「ペリドットには持ち主の色欲を鎮める浮気防止の意味もあるんで、オレからはそっちの意味を込めておきます」
「う、浮気なんてしませんよ!」
 心外だと言いたげなルヴァを流し見て、オルヴァルがほんの少し眉をしかめた。
「女性に喰われてなし崩しにズルズルの既成事実パターンならあり得そうなんでね。今の現状がその始まりじゃないですか」
 初日に”お客さんからの個人的なプレゼントは一切受け取らないのがお約束ですよ”と言われていたが、結局押し切られてこのざまである。
 恋愛ごと以外ではきっぱりと退けられるにしても、元来そこに悪意がないものへ冷たく当たるのは苦手な性分だ。悪意があってもやっぱり苦手だ。
 ぱくぱくと口だけは動いたが、ルヴァはそれ以上返す言葉が見つからない。
「長い間あの人を縛り付けてきたんですから、ちゃんと責任取って下さいよ。しっかしほんと鈍い人だな」
「すっ……すみません」
 しょんぼりと肩を落としたルヴァに、オルヴァルが呆れたふうに前髪をかき上げてため息をついた。
「謝るならあの人にね。その様子じゃあのときアンジェリークが泣きそうな顔してたの、気づいてないでしょ?」
 がーん、と音が聞こえてきそうなほどルヴァの顔が一層青褪めた。
 二匹のテディベアを抱えたまま突っ立って茫然としているルヴァへ一瞥をくれてから、オルヴァルは商品の入っていた箱をさっさと片付け始める。
「今日はもういいですから、それ持って帰って下さい。弟分としては姉にとっとと嫁に行って貰いたいんですよ」
「ありがとうございます、オルヴァル」
 ルヴァの声に振り返ったオルヴァルがしっしと手で追い払う仕草をして、柔く笑った。

 大切そうにぬいぐるみを抱き締め踵を返していくルヴァに、彼はもう一度視線を送った。
 自分を含め幾人かの男に想われてもなお、このルヴァという男への恋情を諦めなかった一途で強情な姉貴分に、幸せになって貰いたいと願いを込めて。

作品名:花、一輪 作家名:しょうきち