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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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花、一輪

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 時は少し遡り、アンジェリークは鏡台の前で小さくため息をついていた。
 細かな装飾が施された銀のジュエリーケースを開け、思い出の品を一つ取り出してみる。
 手の中には女王候補時代に彼がくれたシトリンのペンダントネックレスが煌めく。
(……わたしもあんなふうにルヴァを見ていたのかしら)

 ここ最近、毎日やってきてはルヴァへと熱心に話しかけている少女────少女に見えるが随分と小奇麗な身なりをしているので、年の頃は二十歳を超えているのかもしれない。
 恋なのか憧れなのかは分からないが、彼を見つめる瞳はとても真っ直ぐなものだ。そして彼が自分を見る熱いまなざしとどこか似ている。
 無邪気に怖いもの知らずでいられた頃を懐かしく思うと同時に、アンジェリークはあの瞳を心底怖いと思った。
 楽しそうに会話を弾ませている二人に対して、日を追うにつれどうしようもなくどす黒い感情が肥大化しつつあるのも、怖かった。

 彼との思い出を回想する内に、手の中で銀色の細いチェーンがしゃらりと揺れた。
 もうずっと長いこと大切にしまいこんだまま、時折眺めて手入れをする程度になっていたルヴァからの贈り物を、恐る恐る身に着けてみる。

 鏡を見た刹那に、滴がぱたぱたと音を立てて手の甲を打った。
「ほらね……やっぱり無理じゃないの」
 静かな部屋に響く嗚咽の声。
 こんな卑屈な自分は大嫌いだ、とアンジェリークは呟いた。けれど彼の隣で笑っていたかつての自分を思い浮かべる度に、鋭い痛みに襲われてしまう。
 どんなにルヴァが自分を求めたとしても、どれだけ自分が彼を想っていたとしても、彼の未来を思えば、これから先隣に並ぶのは若く健康な女性であるべきではないか────そう考え迷っていたからこそ、アンジェリークは彼からの精一杯の求愛に応えきれずにいる。
 彼が戻ってくる時間には、素知らぬ顔をして玉ねぎが目に染みたと言い訳しよう────そう思った矢先、玄関から物音がした。

(えっ、嘘! もう帰って来ちゃった!?)
 ばたばたと慌てたような足音が時折止まっては廊下を彷徨い、やがてこちらへ近づいてくる。
 どきりとして手の甲で涙を拭い、大慌てでペンダントを外そうとしたが、こんなときに限ってなかなかうまく外れない。
「アンジェ? アンジェリーク、ここですか」
 コンコンとノックされ、やむなく小声で返事をするとすぐに扉が開いた。
 アンジェリークのまつ毛や頬がうっすら濡れているのに気づいたルヴァが、彼女の目の前でおろおろと途方に暮れている。
「なんで泣いてるんですか。あの……昨日、ぬいぐるみをくれた方のことと関係あるんですよね?」
 二匹のテディベアを鏡台に乗せ、アンジェリークの両肩に手を置いてじっと瞳を覗き込むと、彼女は目を逸らして俯いてしまった。
「これを見て」
 片手でペンダントを引っ張り上げるアンジェリーク。ルヴァは見覚えのあるそれに目を丸くさせた。
「……まだ持っていてくれたんですか……!」
 大切に手入れされていたと傍目にも分かるほど、とても綺麗な状態だった。
 思いがけない喜びが体中に満ちていくのを隠し切れずにルヴァは破顔一笑するも、それとは対極的なアンジェリークの表情に緩んだ頬を引き締める。
 そろりと視線をかち合わせたアンジェリークの瞳から、再び大粒の涙が零れ落ちた。
「似合わなくなっちゃった……」
 それだけ言うと唇をぎゅっと噛み締め、嗚咽を堪えている。
 確かに形は可愛らしい若者向けのデザインではあると思うものの、落ち着いた大人の女性になっても使えるようにと彼なりに吟味して贈ったものだ。
「そうですか? 私には似合っていると思いますが……」
 何故それで泣いているのか、ルヴァにはさっぱり理由が分からない。今できるのは彼女を引き寄せて落ち着かせることくらいだった。
「アンジェ、前にも言いましたが、あなたの心の中にある気持ちをちょっとでも言葉にしてみませんか。私なんかでは何の助けにもならないかも知れませんけど、聞かせて欲しいんです」
 こつりと額が重なって、ルヴァの穏やかなまなざしがアンジェリークの視界いっぱいに広がる。
「……あなたが大切だから」
 額から伝わる彼の温もりに、優しい声音に、アンジェリークの感情の波が徐々に静まりぽつぽつと言葉が溢れ出していく。
「……ルヴァには年相応の出会いを見つけて幸せになって欲しいって、思ってたの」
「ええ」
「できる限りの応援はするつもりでいたし、それが今のわたしにできる愛し方なんだって思おうとしてたのに…………」
 そこで言いにくそうに視線が彷徨って、唇が真一文字になる。
「続けて下さい、アンジェ。聞かせて」
 彼女の心の中の膿を全て取り除くためにも、ここは大事な局面なのだという直感がルヴァの中に沸き起こり、彼女の次の言葉を強請る声に熱が宿った。
「昨日……あの子と笑ってるあなたを見たくなかったの……!」
 玻璃の滴は既にその形を失い、こんこんと溢れ出す湧き水のように幾筋も頬を伝っている。
 ルヴァは額をつけたままでアンジェリークの濡れた頬を拭う。彼女の涙と同じく愛しさが溢れ出していたけれど、今は嘘偽りのない思いの丈を、嗚咽混じりの告白をもっと聞いていたかった。
「わ、わたしじゃ……もう、子供を産めないのにっ…………」

 産めない、とはどういうことだろう────と刹那考え込んだルヴァの表情で、アンジェリークは内心一番恐れていた別れがついに眼前に迫ったと覚悟を決め、彼の優しいまなざしや温もりから離れようと身を竦めた。
 だがこのときのルヴァは単純に言葉の意味を把握しようとしていただけで、何故か急に逃げ出そうとするアンジェリークを慌てて引き留めた。
「は、早くに言えなくてごめんなさい……わたし、あの……もう、あがっちゃって、て」
「あが、る……? って、何がですか? それとも、どこかに」
 意味が全く伝わっていないと気づいたアンジェリークが真っ赤な顔で慌てて首を横に振った。
「ち、違うの。えっと、閉経してる、の」
 ぽかんとアンジェリークの顔を見つめるルヴァ。
 へいけい。卵巣の活動性が次第に低下し、ついに月のものが永久に停止すること────とその意味をようやく理解して、これこそアンジェリークが今まで葛藤してきた真の理由だと納得した。
 すぐにアンジェリークをきつく抱き締めて、金の髪に頬を寄せた。
「そんなことでずっと悩んでいたんですか?」
 ルヴァのどこか軽い調子の声に、毒気を抜かれながらアンジェリークから抗議の声が上がる。
「そ、そんなことって、ルヴァ!」
 髪に顔を埋めて、ふ、と息だけで笑った。
「いいえ、正真正銘『そんなこと』ですよ、アンジェ。それがどうしたと言うんですか?」
 首筋にかかる息の熱さに、アンジェリークはほんの少し震えた。
「……家族、欲しいんじゃないの?」
 他の守護聖たちよりも故郷や家族を懐かしむ会話が多かった。だからこそいつかは結婚して子供を欲しがるはず、とアンジェリークは思っていた。もしかしたらそれは自分の勝手な思い込みだったんだろうかとルヴァの顔を見上げ、暫し言葉を失った。
作品名:花、一輪 作家名:しょうきち