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花幻の蕾

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頼りない下弦の月明かり。
灯りも持たずに路を往く、瑠璃色の髪の若い男が一人。

途中すれ違った男が、奇妙な物でも見るように振り返り、それから足を早めて立ち去った。男にこの世ならぬものを見る才があったなら、気配だけでなく若者が後ろに連れているものの姿が見えたろう。

「ここ…か?」
若者はある屋敷の前で足を止めた。屋敷を囲う土塀は崩れ、門の屋根には草が生えていて、一目で久しく人の住まない廃墟と分かる。

門の前に立ち、しばし屋敷を見上げる若者。
若者の名はカイトといった。
彼は陰陽師を生業としていた。陰陽寮に属する正式な陰陽師ではない。金次第で呪詛祓いから因縁調伏まで引き受ける、この都の闇を体現するような仕事だ。

「隠」
短く唱え、カイトは後ろのもの達の気配と姿を消した。
ここからは手早く事を運ばねばならない。

「さて、行くとしようか」
不敵な笑みを浮かべながら、カイトは門に手をかけ押し開けて―――わずかにたじろいた。開けた先に、人が立っていようとは思わなかったのだ。

目の前には、背の高い、髪の長い女が一人立っていた。
カイトが門の外に居たのが分かっていたとでもいうのだろうか。

「このような時間に…どちらの方でしょう?」
低い声で女が聞いた。暗い中、俯き加減ではっきりしないが、非常に整った顔立ちであるのが見て取れた。

しかし、廃墟に使用人の女など妙な話。
深夜に庭に出ているというのもおかしい。油断なく様子を伺うが、慌てたり敵意を向ける風はない。身の回りの世話をさせる為、この奥にいる人物に何も知らずに雇われたのか。

「俺がどこの誰かはどうでもいいんだ。俺は奥に居る奴に用がある」
「…少々お待ちを。主に伝えて参ります」
剣呑な物言いに気付いてもいないのか、女は静かに答え、踵を返す。

行こうとする女の肩を、カイトは掴んで押しのけた。
「ああ、そんな悠長なこと言ってられないんだ。悪いけど」
戸惑う女を無視して、雑草の生い繁る庭を館へと進む。

道すがら、カイトは思い出したように女を振り返った。
「君、巻き込まれるのが嫌ならどこかに行ってた方が良いよ」

女の姿は消えていた。
作品名:花幻の蕾 作家名:あお