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70 ~Requiem 1917年9月1日

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書斎で自らのこめかみを撃ち抜き自害して果てたレオニードの骸を抱えるとロストフスキーは執事に案内されその秘密の扉をくぐった。

「私はここまでです。それでは―若様をよろしく頼みますぞ。…ロストフスキーさん」

「はい…。執事さんも…お元気で」

あっさりとしすぎるぐらいあっさりとした…まるで明日またこの屋敷を訪れるような挨拶を交わし、ロストフスキーはその扉を閉めた。中から鍵の閉まる音と…いかにも軍人らしい規則正しい階段を下る音が聞こえてくる。その足音が聞こえなくなったことを確認し、執事は机をもとに戻し、床の上に敷物を敷いた。その隠し扉は、机の下の床板の裏にあった。

ロストフスキーが隠された扉の下、地下奥深くに続く階段を降りていく。冷たい筈の物言わぬ主の骸を担いだ肩は…不思議と感じる筈のない温もりが感じられた。

やがて、階段を降り切った地下の奥底に、一つの厚い石の扉が現れた。
その重い扉を開いて中に入る。

中は石づくりの霊廟だった。

ひんやりとしたその霊廟の間には一つの石の棺が安置されていた。

― ユスーポフ家の屋敷の地下奥底には…秘密の霊廟がある。もし当主が非業の死を遂げたときは、当主の遺骸をそこへ葬り、お供仕るのが…我々ロストフスキー家の当主の務めだ。…これがその霊廟に続く扉の鍵だ。わかるな?セルゲイ。

かつて先代当主―、自分の父からその秘密の霊廟の話と鍵を託された日の事を鮮明に思い出す。

ユスーポフ家とロマノフ王朝は長く栄え―、この霊廟に眠る当主はレオニード…最後の当主であるわが主ただ一人であったが、この静かな石の安息の間に―、愛する主の骸と共に最期を迎えられることに、ロストフスキーは至上の喜びを感じていた。

棺のドアを開けてレオニードの遺骸を安置する。
その主の組んだ手の下に、ロストフスキーは懐から取り出した一束の金の髪を差し入れ、主の懐に抱かせた。

それは―、彼が人生でただ一人愛した女性の髪だった。

その鮮やかな金の髪は薄暗い霊廟でも柔らかに光を放っているように見えた。金の髪を懐に抱いた主の骸が―、微かに微笑んだように、ロストフスキーには思えた。

― レオニード様…。その天使の、あなた様がただお一人心から愛した女性の恋の形見を胸に抱いて、どうぞ安らかに天に召されてください。…残念ながら私があなた様にお供仕るのは…ここまでです。私は…あなた様の生前の罪科憂いを全て引き受けて…黄泉路へまいりますゆえ。

主の骸に最後の挨拶を済ますと、ロストフスキーはその安らかな顔を目にしっかりとやきつけ石の棺の蓋を閉じた。

― 侯…。

棺の前でロストフスキーは自らのこめかみに当てた銃の引き金を引いた。

ロストフスキーの身体が―、まるで侯を守り抱くようにその石の棺の上に崩れ落ちた。