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BRING BACK LATER 5

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BRING BACK LATER 5

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

「ん……」
 重い瞼を上げると、身動きができない。
 浅黒い肌が目の前にある。
 誰のものか、なんて疑問に思うよりも前に答えはわかっている。
 横になって、向かい合ったままで、二人で寝るには狭いベッドだから仕方がないのはわかっている。
 けれど……。
(目が覚めるとこんな状態って……)
 ため息が出る。
 狭い。
 動けない。
 そして、重い。
「アーチャー、離し――」
「離すわけがないだろう」
 俺の声に被せてくる却下の声。
 寝返りたい。
 いい加減、抱き枕は遠慮したい。
 アーチャーの太い腕の隙間に腕を差し込み、どうにか逃れて起き上がる。
「寝苦しい」
 ムッとしたまま言えば、上半身には何も着けず、黒いズボンの前はくつろげたまま、ベッドに両肘をつき、少し上体を起こしたアーチャーは、ひょいと眉を上げた。
「サーヴァントに睡眠など必要ないだろう」
「眠くなるものは仕方がないだろう」
 間違いない答えだと思ったのに、
「そうか」
 と、にんまり笑うアーチャーに警戒心が湧く。
「そうだな。意識を飛ばすほど悦かったのだろうから、眠くなるのも無理はないか」
 乱れた髪をかき上げ、フ、と笑うアーチャーに開いた口が塞がらない。
 言うに事欠いて、そんなことを恥ずかしげもなく言い放つその口を射ちたい。
(この人は……)
 俺の、憧れた人だ……。
 だけど……、なぜか……、ずいぶん……、印象が違う……。
 思っていたのと、何か違う。
 おかしい。
 俺はこんな人に胸を熱くしたのだろうか?
 そんな思考に陥りながらも、顔が、顔だけでなく上半身が、かぁっ、と熱を持ってくるのがわかる。
「フフン。腹まで真っ赤だな」
 この人は、勝ち誇ったように言って満足げだ。
 なぜアーチャーに腹まで赤いとわかるのかというと、俺が何も着ていないからだ。そして、俺が何も着ていないのは、ベッドに入った途端にアーチャーが脱がしてしまってそのままだからだ。
 ベッドから遠い所へ俺の服を投げ捨ててしまったから、現状、寝そべるアーチャーに阻まれて、壁際の俺は服を取りに行くこともできず真っ裸だ。
 俺は間違いようもなく男だ。
 それに、アーチャーも男なわけで、しかも同一の由来というような存在同士、別に隠すこともない。ようは鏡を見るのと同じなはずだ、だけど……。
「見るな」
 恥ずかしいことこの上ない。
 顔を逸らして、アーチャーの姿を視界から除く。
「なあ、士郎」
 アーチャーが身体を起こした気配。それに、差し伸べられた手を感じて、顔は背けたまま、その手に手を重ねる。
 アーチャーに手を差し出されると、無意識だろうが、やめたいと思っていようが、手を伸ばしてしまう。
 それを重々承知のこの人は、俺の手首を掴んだ途端に引っ張って後ろへ倒れ、その胸の上に抱き寄せてしまう。
「もう少し私の扱いを考えてはくれないか?」
 何を言っているんだろうか、この人は……。
「セックスだけで私が満足するとでも思っているのか、お前は」
 憚りもなくおかしなことを言いはじめる。
 もう本当にこの人は、どうしてしまったんだろうか……。
 本気でお前を伴侶にする、とか言っていた。
 それは、全力でお前をものにする、と同義なのでは?
 俺の考え過ぎだろうか?
 それとも、俺は何か、やらかしてしまったのだろうか……?
 アーチャーの言動が変なのは、俺のせいなのか?
「士郎、聞いているか?」
「き、聞いている」
 顔ばかりが熱くて嫌だ。アーチャーの顔を見ることができない。胸の上で抱きしめられていてよかったと思う。
「自分でもこんなことを言うのは驚きだが、私はもっとスキンシップがしたい。お前は目覚めてすぐに離れようとするが、目が覚めても私はこうしていたい」
 俺の頭を項から撫で上げて、優しく背中をさすって、それはそれは心地が好いけれども、恥ずかしさは如何ともしがたい。
「ど、努力、する……」
 アーチャーの手の温もりが俺の思考を奪う。
 なんでも、うん、と頷いてしまいそうになる。
「そうか。ありがとう、士郎」
 アーチャーにお礼を言われるなんて思ってもいなかったから、何やら恥ずかしくなってきて、そのままアーチャーにすべてを預け、瞼を下ろした。
「士郎……」
 熱い声がする。
 この声は、いろいろと落ち着かなくなるけれど、好きだ。
 俺の手を取って口づけ、そのまま腕に吸いついて、肩を甘く噛んできて、首筋に痕を残し、身体を入れ替えて俺をベッドに押し付け、唇にキスをする頃にはもう“そういう体勢”で……。
「アーチャー、まだ、するのか?」
 訊けば、当たり前だ、と答えが返ってくる。
 睡眠の要らない俺たち。
 夜中に目覚めて、アーチャーと息を潜めて求め合う。
 乱れて揺れる白銀の髪、頬に落ちてくる汗、俺を射抜く鈍色の瞳。
 求めた人が、ここにいる。
「アーチャー……」
 スキンシップの域を超えているとは思うけれども、抱き合うことは嫌いじゃない。
 繋がりの無くなった俺たちには他に何も確かめる術がないからか、スキンシップを求める、というアーチャーの意見が理解できる気がした。
(アーチャーも、不安なのだろうか?)
 俺は不安だ。
 ここに留まる以外、俺にはアーチャーとの接点がない。
 座は消えたから、俺がこの世界から消えると、もう……。
「士郎? どうした?」
 アーチャーにしがみついてしまっていた。
 今、口を開くと嘘しか言えないから、答えずに首を振るだけにした。
 キスが欲しい。
 何も言わずにすむように口を塞いで、俺の言葉を留めてほしい。
 アーチャーの唇に指先を触れた。
 少し目を瞠ったアーチャーは、すぐに目尻を下げ、俺の指を舐め、それを見つめる俺にもキスをくれた。
 わかってくれることがうれしかった。
 けれど、きちんと言えないことが、苦しかった。

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


「ふあっ……」
 あくびを一つ。
 もう初夏だというのに、まだ朝は冷えるなぁ、と士郎は朝食を作るために台所に入る。
「あいつ、元気になったみたいだな」
 シロウの顔色を思い出して、うん、とひとり頷く。
 ゲンキンな奴だ、と士郎は思う。
 アーチャーがいないときは、この世の終わりのようなオーラを醸し出していたというのに、アーチャーが帰ってくれば、それまでの状態が嘘のように改善した。
 凛が二体のサーヴァントの繋がりを解除したこともあるのか、シロウの顔色が格段によくなったと士郎には見える。
「少し前はアーチャーがいても、なんだか暗ーい感じだったのになぁ」
 またあくびをこぼして、士郎はボウルを取り出し、卵を割り入れた。
 二人に何があったのか、と思ってみたものの、
「関係ないか。あいつらは、あいつらだし」
 エミヤシロウという存在ではあるけれど、自分もアーチャーもシロウも別の存在だという認識を士郎は持っている。したがって、あの二人がどういう関係にあろうが、士郎はそれを見守るだけだ。
「まー、ちょっと、砂を吐きたくなるけどなー……」
 アーチャーはいいにしても、シロウは自分とほぼ同じ顔だ。士郎とて複雑な心境に陥る。
作品名:BRING BACK LATER 5 作家名:さやけ