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霓凰譚(仮)

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******一**********

もう放置されて十八年が過ぎていた。
間もなく日も沈み、辺りは夕闇に包まれようとしていた。
この林家、、、かつて林殊が住んでいたこの屋敷は草が生い茂り、あの頃のたたずまいは全く感じられない。
霓凰は一人、林家の中庭に一人立ち想いを巡らせていた。
荒れ放題の屋敷ではあるが、幼い頃から出入りしていた場所で、目を閉じていても歩ける程に日常的で慣れ親しんだ大切な場所なのだ。そして赤焔事案で閉鎖され放置されてからもこうして密やかに度々訪れていた。
穆王府の者や夏冬がこの場所に来る事を良い事では無いと心配をしたが、霓凰は聞く耳を持たない。自然と足が向いてしまうのだ。
荒廃してゆく林家をただ見ているしか無かった。
三年程前に一度、新皇帝に林家を下賜して欲しいと頼んだのだが、新皇帝は眉をひそめ許してはくれなかった。他でも無い、同士としての霓凰の懇願を聴き入れてくれると思っていたのに、、、。
─────分かる、分かっているわ。どうして許されなかったのかも、、、。
早く林殊兄を忘れるべきと、思っているのね。
あの梅嶺で死んでしまったのは、周りの者が見ていたのよ。棺に収められ梅嶺に埋葬された。
疑いの無い事実は変わらないわ。─────
この荒れ果てた林家に来ては泣いていた。その姿を皆知っていたが、誰も見ぬ振りをし、そっとしておいた。

─────ここに来る度、あんなに泣いていたのに、今ではもう涙すら出て来ないわ。───
叶えられなかった。いくらでも林殊の思い出の傍に居たいという小さな望すら、打ち砕かれた。
こんなに荒れていても、ここでの出来事はまるで昨日の事のように浮かんで来る。
この中庭は一際思い出深かった。
─────追い掛けられてグルグル回ったのよ、この庭は。
私がうるさく構うからと言って、よくあの楠木の太い幹の上で寝ていた。私が木登り出来る様になったら止めてしまったわ。晋陽長公主が私と林殊兄と陛下が遊んでいるのを見て笑っていた。───────
ポッカリと空いた心の穴、いつか時間が塞いでくれると思っていた。だが、いくら待っても穴は塞がれず、思いだけがどんどん募ってゆくのだ。
─────こんな様子を知ったら、ここはやっぱり私には与えてくれないわね。─────
誰にも渡されず、手入れもされず、荒れて消えてゆくばかりの林家。
─────皆、忘れる事など出来ないのに、無理に忘れようとしているのね。
私もそうしようとしたけど、無理だったわ。──────

背後で人の気配がして振り返る。
そこには陛下が一人で立っていた。
「陛下」霓凰は拝礼をする。
「やはり居たか。」
「皇帝としてではなく、幼馴染みとしてここに来たのだ。礼も敬語も要らぬ。」
─────
従者を置いて来るのも、他の者が居なければ馴染みの者の礼を外してしまうのも、全く陛下らしいわ。息抜きに来たのかしら。窮屈なのはこの人も嫌いなのに、よく皇帝が勤まっているわ。
私も林殊兄も窮屈さは嫌いだったわ。──────

─────陛下もまた、私と同じ。林殊兄を求めてここに来るのよ。どんなに忘れようとしても、例えこの林家が朽ちて消えてしまっても、私達にはお互いの心の中に林殊兄が生きて住み着いているのよ。追い出す事は出来ないし、上部だけ忘れようとしていても、本当は忘れたくなどないのよ。──────
二人共、しばらくの間何も語らず、無言の時が流れるが、ここで相手に気を遣って取り繕っても無意味なのである。
霓凰がぽつりと呟いた。
「林殊兄さんは夢にも現れないわ。」
「私の夢にも来ぬ。」
お互いに笑も溢れてしまう。忘れる事は出来ないが、笑い合える様にはなっていたのだ。
全く小殊らしい、と言おうとして、陛下は口篭る。本当は夢の中であっても会いたくて仕方がない。霓凰ならば尚の事だろう。以前の自分ならば言っていたかも知れぬと思った。その辺りは分かる様になった。

「援軍が、遅れるかも知れぬ。」
陛下は霓凰に会いに来た本題を明かす。
南楚に不穏な動きがあり、性懲りも無くまた青冥関に侵攻しょうとしている。明日、霓凰は青冥関に南楚を撃退するべく出陣するのだ。
「南楚には新たに重用された軍帥がいると聞く。手強い者と聞いている。」
「知っているわ。」
「先ずはお手並み拝見と言う所ね。」
武人としての霓凰の顔が出る。女としておくのは惜しい位の漢ぶりで、武人としての腕前、その思考はその辺の男よりもはるかに頼もしいのだ。


「大渝にも動きがある、事態を急ぎ確認している。」
「長林軍と禁軍から一万ずつ、早々に援軍を出そうと思っているが、穆王府にはそれまでの少しの間、耐えてもらわねばならぬかも知れぬ。」
事態によっては、禁軍は青冥関には来ずに梅嶺に援軍にいく可能性もある事は分かっている。
だが、かつて南楚に攻められた時のように、先の皇帝のように、辺境の王府を見捨てたりはしない。多少、援軍が遅れても何らかの手筈は打ってくれる。
あの時は本当に困り果てた。だが江左盟の宗主が、当時は梅長蘇であった林殊が知恵を出し、穆王府を救ってくれた。

──────頼りたくても、林殊兄はいないわ。───────

霓凰の止まっていたい心にはお構い無しに、時は流れてゆくのだ。




*******二************

南楚とは川で遮られたこの青冥関。
青冥関の少し上流に行けば森があり、森の中には幾つかの水量豊富な支流があり、川幅は狭いが森の木々が邪魔になり、大軍を渡して攻めるのには向いていない。防衛の方に利がある条件であった。南楚軍としては、むしろこちらの青冥関の方が攻めるのには向いている。
向こう岸の南楚軍では幅広く長いイカダを作っていた。一つだけでは無かった。
あのイカダの片方の端を固定して、上流側の端を流れに乗せてこちら側に接岸させて渡って来る気の様だ。
前回は舟を鎖で繋いで渡してしたが、江左盟の梅長蘇が授けた作戦通りにして、舟を燃やして渡れぬ様にしてやった。だが今回は生木をくくってイカダを作ってきた、、、。幾度か燃やしてやろうと兵を放ったが、生木を燃やせる筈もなく、そしてイカダは完成してしまった様であった。
このような物が距離を置いて三ヶ所もあった。
雨の多いこの季節、穆王府の側には足場の悪い場所もあり、守り難い条件ではあった。
ところが、今年はそこそこ雨も降っているのに、川の水量が上がらない。イカダを渡す為に水量上がるのを待っているのか、、、。だが、時間の問題なのであろう。

手をこまねいている訳でもなく、迎え撃つ用意も周到にしているが、戦など何がどう変わるか分からない。

その様な折に穆王府軍は、数十人の人影が森の中へ消えて行ったという報告を受ける。
─────上流で何かやっているのかしら、、、。誰が、、、、。────
この緊迫した状態に、無関係の者が何かをするとは思えない。急ぎ兵を送り捕えに行かせていたが、、、、南楚の陣営にも動きがあり。
─────今日なの???──────
作品名:霓凰譚(仮) 作家名:古槍ノ標