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霓凰譚(仮)

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家臣の手前、何でもない、と、この青冥関で何度も撃退させた相手、どうと言う事は無い、と、大きく構えていたが、援軍の連絡も入らず、そしてこの度の南楚の動きは不気味過ぎる。霓凰は不安で仕方がなかった。


南楚が動き出す。
上流で一体何があるのか、送った兵は戻って来ない。不安を抱えたままの開戦となった。
南楚軍は対岸に集結し、イカダを動かし始める。深さも流れもある場所だ。例年より水かさが少いとは言え、イカダを渡すには十分だった。
イカダの片側がゆっくりとこちらに流されて来る。対岸の南楚軍に弓を射るも、盾に守られ倒れる兵はいない。川の流れる力で着実にイカダの端は近づいて来る。

イカダがこちらに着岸すると鬨の声を上げて、南楚軍がなだれ込む。
こちらとて黙って見ている訳ではない。イカダの着岸地点にも罠を張っているし、とにかくこちらに上陸しない様に弓で応戦するが、倒せども倒せども次々と来る敵に勢いで押され気味になり、遂に上陸を許してしまった。
南楚軍の鳶色の兵士がなだれ込んで来るのが、離れて見ていた霓凰の目にもはいる。
こちら岸のあちこちに仕掛けた罠に、初めの一隊はまんまと嵌るものの、その後踏み込む敵には効きはしない。
早々に白兵戦になってしまった。

そのうちに南楚の騎馬隊もイカダを渡ってやって来る。
こちらも騎馬隊を出し応戦するが、数日前に降り続いた雨の為にぬかるみか出来ており、防戦一方の戦況だった。どんどんと南楚の兵は増えてゆく。

三ヶ所の内、上流のイカダ地点の戦況が悪いと報告が入る。魏将軍の隊だった。援護に行かねばならない。霓凰の隊が向かう。
─────魏将軍は弟の片腕として働いてもらわねばならないのよ。失えない。─────
上流の地点の戦況は霓凰から見ても分が悪かった。こちらの方が上陸した兵が遥かに多かった。そしてぬかるみも酷く、騎馬が思う様に動かせない状態だった。

─────どうにか押し返さねば、時間が経つ程にこちら側が不利になるわ。─────
霓凰も自分の騎馬隊を引連れて戦場に入る。
足場の悪さは思った以上だった。馬上にいるのがとても有利とは言えなかった。

そのうちに川の上流の森の中から、大笛の音が響き渡る。
─────何なの。──────
─────何が起こるの。──────
どの軍の大笛の音なのか。梁では聞いた事も無い音だった。
背筋が粟立つほどの不安。こんな経験はしたことが無い。
敗戦の字が霓凰の頭に浮かぶ。


暫く押されながらも何とか耐えていたが、穆王府軍の鐘の音が鳴り響く。撤退の鐘の音だった。
─────撤退なの??─────
─────ここはまだ耐えられる。他の場所の戦況が悪いの??─────
だが、撤退の鐘が鳴ったのなら引かねばならない。
一度引いて立て直し、南楚軍の大隊が上陸しきらぬ内に再度撃退する事も出来る。

霓凰は穆王府軍の軍幕の向こうに、旗を挙げた軍隊を見つける。
─────どの軍の旗なの?あんな旗はこの梁では見た事がないわ。─────
白地に縁取りがあり、中にどの軍か名が印されているはずだが、まだ遠くて名が読めない。
─────まさか、南楚軍なの??。
こちらがイカダに気を取られちいるうちに迂回されて背後に回られてしまったの??。
見込みがもう無いわ。一刻も早く撤退しなくては。囲まれたら逃れることも出来なくなる。
──────
歩兵も騎馬兵も撤退を始めている。歩兵が上手く撤退出来る様に騎馬兵が上手く邪魔をしているが。深い場所に入り込んで一隊だけ抜けられないでいた。魏将軍の隊である様だ。
──────魏将軍は弟を支えるべき人よ。
魏将軍に万が一があれば穆王府自体も危うくなるわ。─────

悩んでいる余裕もない。十数騎の騎馬と共に、魏将軍が抜けられる様に撹乱しながら切り込んでゆく。
魏将軍も動きに気が付き、魏将軍の一隊を逃す活路を開くことができた。
─────私も脱出しなければ。──────
皆それぞれ、退路を見つけ脱出して行った。だが、ほっとして隙ができたのか、足場の悪いぬかるみに馬が体勢を崩し、不意を突かれた霓凰は御しきれずに落馬してしまった。周りは敵の歩兵ばかりである、魏将軍や他の騎兵達は脱出に必死で、霓凰の落馬には気が付いていない。
霓凰は馬から放り出されはしたが、上手く体を立て直して地面に叩き付けられる事はなかった。
しかし、ただ一人敵兵の中に残されてしまった。



*******三*********


周りをぐるりと南楚兵に囲まれた。足場が悪くて軽功で飛んで逃れる事も出来ない。
誰かが気が付いてくれれば良いが、自分で歩兵を切り倒して脱出するしか無い。いつもなら訳もないのに今日のこの足元の悪さは、、、、脱出する為には、敵兵を倒すしか生きる術はないのだ。
思う様に動かない身体と状況に焦りが出る。焦りは疲労感も呼び起こす。
─────駄目かも知れない、、、、。こんな所で、、、、。─────
嫌になるほど戦を経験した。好きで戦をしていた訳でもない。全ては穆王府と弟の為。父と兄が守り続けた物を、弟穆青に渡すのが私の使命だと思っていた。そしてそうしてきた。
─────怖い。──────
─────この地を、、、青冥関を渡してしまうかも知れない。─────
─────この戦、負けるのかも知れない、─────

いくら切り倒しても絶え間なく立ちはだかる南楚軍に、霓凰の息も上がっていた。
─────もう、、、、だめよ、、、。─────

─────、、、、林殊兄さん、、、、。─────

霓凰は、すぐ背後に武人の気を感じる。集中力も散漫となりこんなに近付かれるまで気付かなかった。この者は並の武人では無い。
─────やられる─────
霓凰は覚悟を決める。
だが、その武人は霓凰を囲んだ南楚兵をたちまちになぎ倒していった。
そして霓凰の体を掴むと、軽々と飛んだ。その武人は降りた地点の南楚兵を倒しながら、何度か飛び、敵兵のいない安全な所まで霓凰を運んだ。

一体何が起こったのか、事態は分からないが取り敢えず危機は去ったとほっとすると、体の力が抜けその場にヘタリ込んでしまった。
「郡主、大丈夫ですか。」
駆け寄ってきた者は黎綱だった。
そして、自分を救った武人は、、、、最後に梅嶺に向う姿を見た時はまだまだ子供だった、あの頃よりも背丈が伸び体つきも男らしくなった飛流がいた。あの頃は背格好も自分とほとんど変わらなかったのに、と月日の流れを感じた。どう見ても大人だが、表情はあの頃のあどけない飛流のままだった。
懐かしい想いと、大きな安堵が、霓凰の心を占めてゆく。

「退け────退け─────」
さかんに声がする。穆王府の軍でも南楚の軍でもなかった。
白地に薄い青の縁取り、中央には「江」の文字。
─────江左盟だったの?──────

突然、川の上流の方から轟音が聞こえ。
鉄砲水などと言うにはあまりに規模の大きな、、、濁流が突然押し寄せる。
川から溢れる程に、その真っ黒な大変な水量が森の樹木を抱き込み下流へと流れてゆく。
その濁流は勢いと共に南楚の三本のイカダ諸共、下流へと連れていった。
作品名:霓凰譚(仮) 作家名:古槍ノ標