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霓凰譚(仮)

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━━━━━どれだけの激闘であったのか、、、。泥と返り血と涙と、、、、。だが、どんな姿をしていようと美しいと思う私の心は変らない。国の為、人の為にこうして汗みどろになり汚れてしまっても霓凰の輝きは変わることが無い。むしろ私は昔から、こんな姿を凛々しく思い魅了されずにはいられないのだ。━━━━━━━

もうお互いに触れられる位に、霓凰は男の目の前まで来ていた。
男は少し首を傾げて口を開いた。
「、、、酷い顔だぞ、霓凰。」
─────やっぱり林殊兄さんだわ。─────
─────この状況でこんな酷い事を言うのよ、昔から。─────
不意に怒りも込み上げる。国の為だと言ってこんなにも霓凰を待たせ続けた張本人なのだ。
「もう!!」
林殊の胸にお見舞しようと拳を握り振り落とす。
ふと突然、梅長蘇はひどく身体が弱かったのだ、という事を思い出す。が、勢いよく振り落とした拳を、もう止める事は出来なかった。

林殊は霓凰の拳ごと体ごと胸に受け止め、霓凰を抱きしめた。
どれ程待ち続けたか、、、、林殊もまた、待ち続けていたのだ。
一度成らず、二度までも諦めた互いの想いが溢れこぼれ落ちていた。
霓凰の心の中では、林殊への想いやこれ迄堰き止めていた想いが激流の様に押寄せた。林殊の腕の中で、ただ子供の様に声を出して泣きじゃくっていた。涙も声も霓凰には止める事が出来なかった。
この娘はどれだけ一人で頑張っていたのか。この涙は林殊の心に突き刺さる。健気さが胸を突いた。
林殊の目にも涙が零れかける。だが泣くまいと必死に堪えていた。
━━━━━霓凰の前では泣かぬ。━━━━━━
私は男なのだ、と堪えていた。
霓凰の頭に頬を付けて、泣き止むのを、ゆっくりと霓凰の頭を撫でて待っていた。

やがて霓凰は落ち着きを取り戻し、林殊の胸から顔を離す。
幾筋もの涙の道が出来ていた。
林殊は笑って、自分の袖で霓凰の顔の汚れを拭いてやる。
「折角の美人が台無しだ。」
されるがままに拭かれていた。
─────昔も、お転婆をした後、顔の汚れを拭いてくれた事があった。
拭いてくれる林殊兄さんの顔だって汚れていたのよ────
思い出して笑ってしまう。涙は相変わらず止まらない。

こんな事があるのだろうか、、、。もう逢うことは叶わないと思った人に三たび巡り、救けられた。
それは何時も危機的状況ばかりで、、、前々回、南楚軍にこの青冥関を侵攻され、南楚の奇策を破れずに窮した時、そして相手を自由に選べはしたが、先帝に婚姻を強要された時、そして此度はまた、南楚軍に青冥関を侵攻され霓凰の命すら危うかった。
いつも危ない時には必ず来て救けてくれたのだ。姿は側に居なくとも、必ず心は側に居た。
綺麗になった霓凰の顔には、まだ涙がこぼれ続ける。、、、また一筋と、、、。
林殊は頬の涙の跡を指で拭い、お互い引き寄せられる様に唇を重ねる。
ここで生きている、、、互いの生を確かめ合う様な口付けだった。
慈しむように唇は離れ、林殊は霓凰を抱き締めた。

━━━━━━もう、離さなくても良いのだ。霓凰だけを守っても良いのだ。━━━━━━

抱き締める力の強さに、霓凰は林殊の心を知る。
梅長蘇であった時は、決してこんなに力強く抱き締められた事は無い、心は霓凰に有ったのに。
身体が火寒ノ毒の治療の為に力を失い、抱き寄せる力が出せなかった訳では無いことは分かっていた。それは自分を思っての事なのだと、分かっていた。
赤焔事案を覆す為には、自分に心を割く余裕は無く、己の策謀に冷酷に非情に徹さねばならなかった。
梅長蘇は霓凰に、責任を持ち守る事が出来なかったから自分を突き放したのだ。なのに反面、梅長蘇の霓凰を求める心も分かっていた。梅長蘇の中の林殊が、自分を求めていたのだ。霓凰に支えて欲しいと求めていた。相反する心は良く分かっていた。
だからじっと側に居た、心が迷うと言われても側に居た、側に居れなくても心を側に置いていた。
今はもう、林殊の心は決まっているのだ。
─────もうずっと側に居てもいいのね。──────
何にも変え難い歓びだった。
うっすらと懐かしい林殊の匂いがする。いつも身体が冷たい梅長蘇にはなかった、林殊の汗の匂いだった。夢では無く、生きている林殊がこうして自分の側に居るのだ。
やがて林殊は霓凰を抱き上げ、自分の馬に乗せる。あの弱々しい梅長蘇からは想像もつかない。
結構、無理をしてるのかもしれない、そう気がついたが、それも嬉しかった。
林殊は昔からそうなのだ。
─────私にはイイ所を見せたかったのよ。──────
昔からそうやって、霓凰の為に無理をして平気な顔をしている事もあった。でも、霓凰には丸わかりだった。

林殊は霓凰の後ろに跨り、川とは逆の草原に馬首を向け、馬を出す。


━━━━━私は天の定めを受け入れて、他にどうする選択肢も無かった。定めの示すままに動いてきたのだ。霓凰もまた、他に選ぶ道も無い私を理解して共に定めに従った。
私達は思ったより頑張れたよな。
人や世に、真実を明らかにする必要などは無い、私達二人がこうしてこの世にいることが大切なのだ。
これからの私達は、多分、天の定めの褒美なのだ。━━━━━━━

馬は二人を乗せて草原を駆けてゆく。行き先は何処なのか、林殊が何処へ向おうとしているのか、霓凰には皆目想像がつかなかったが、何処へでも良いと思っていた。このままこの戦場を去ってしまっても良いと思っていた。林殊が一緒であるならば。

━━━━━霓凰。
お前の男でいるのは結構大変なのだぞ。
だが、お前の側に居たいから無茶でも何でもやれるのだ。━━━━━━


二人を乗せた馬は柔らかな風の中、駆けていく。
行き先は何処へだろうと、さほどの問題では無いのだ。

そう、先は長いのだ。





********糸冬**********
作品名:霓凰譚(仮) 作家名:古槍ノ標