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【青エク】ブラック・シャック

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『ブラック・シャック』:イギリス、ノーフォーク州の伝説で死の予兆といわれる黒い犬。悪魔の化身とも。



「出雲、そっち行ったぞ」
「聞こえてるわよ」
 最前までの通信機のやりとりが聞こえているのだから、当たり前だろうと怒鳴りたい苛立った気持ちを抑えて出雲は呟く。独り言のつもりだったが、聞こえてしまったのだろう、奥村燐が口を噤んだ。
「ヤベ、こっちもいたぞ」
 噤まざるを得なかったというべきか。ザザ、と言うノイズとともに燐の声が聞こえた。
「そんなに一杯いるの!?」
 今回の任務は『謎の悪魔』と呼ばれている存在が報告されて結成された部隊だ。「謎の」と言われるならば数自体も少ないと思うのが普通だろう。そんなあちこちに出現するものなのか? しかも、今回は祓魔が主ではない。むしろ捕獲するのが目的だ。出雲たちは目撃談の報告があった廃墟、元は瀟洒な洋館といった風情の住宅に入り込んでいる。真昼の任務のため、崩れ落ちた屋根や雨戸、鎧戸から陽の光が射し込んでいた。
 そんな屋内のあちこちを悪魔の捜索と捕獲のために散らばっている。互いに連絡が取れるようにインカムのが配布されているが、悪魔が出現したら電子機器は調子が悪くなる。
「あ、こっちはホブゴブリンだった」
 ノイズが走ったままのインカムの向こうから燐が伝えて来る。ちょっと拍子抜けした声が彼らしい。
「紛らわしいわ、ボケ」
「気配がしたんだからしょーがねーだろ」
「まあまあ」
 勝呂竜二のツッコミに、奥村燐が言い返す。それを三輪子猫丸と杜山しえみの宥める声が聞こえる。それに紛れてクククと笑いを漏らす志摩廉造の気配。宝ねむは相変わらず悪態以外は余計なことを言わない。いつもの祓魔塾のメンツだ。
 うっかりすると、いつまでもこのままの賑やかな関係が続いてしまいそうな気がしてしまう。
 そんなことより。
「集中しなさいよ」
 目の前の任務だ。と、目の隅を黒い影が横切ったような気がした。思わず悲鳴をあげそうになるのを、かろうじて堪える。が、異常は思った以上に伝わっていたらしい。
「出雲ちゃん、なしたの~?」
 志摩の暢気すぎるとも言える口調が聞こえてくる。真面目なんだか、真面目じゃないんだか。
「なんでもない」
 すげなく打ち切ると、最前の影の正体を探る。出雲の担当は主寝室だったと思しき部屋だ。調度類は持ち出されたらしくほとんど残っていない。分厚いビロードのカーテンが埃まみれで下がる窓には鎧戸が閉められているが、放って置かれた間に傷んでしまい、片方が斜めに崩れ落ちている。そこから辛うじて無事に残っている窓ガラスから差し込む光が唯一の光源だ。部屋の隅には古い映画で見るような猫脚に浴槽の一方が高く持ち上がった洋風のバスタブが据えられた風呂場、トイレ、そして大きな衣裳部屋があった。どちらも光が届かずに暗い。
 出雲は警戒してゆっくりと部屋の中を見て回った。コツ、コツとブーツが床板を踏み、古くなった木がギシギシと軋みを上げる。恐る恐る覗いたトイレや風呂場には何もいない。ほっと安堵の溜め息を吐いた瞬間、衣裳部屋から影が飛び出して来た。
「きゃあ!」
 影が飛びかかって来るのを避けられず、一歩後ずさった拍子によろけて尻餅をついてしまう。古い床板とは言え、どしんと尻をついた痛みが走り、流石に悲鳴が出た。
「出雲!」
「出雲ちゃんっ!?」
「なんしたん!」
「大丈夫かっ?」
 インカムのイヤホンから皆の怒鳴り声が聞こえる。音声が重なっているのと、余りに大きな声で音が割れてしまってうるさい。
「い……たた……、なんなのよ、もう」
 イヤホンの向こうからは、出雲を案じる声がまだしていた。が、ノイズの入り方が酷くなったような気がする。もぞもぞと自分の胸の上辺りに軽い質量を感じた。胸元に目をやり、出雲は絶句した。
「な……」
 制服のネクタイにしがみつくようにして、黒い毛玉が出雲を見上げている。くりくりとした大きな瞳が潤んできゅるん、と光を照り返した。くう、と小さな鳴き声が、出雲の心臓をぎゅっと手荒く鷲掴む。
 犬のようにも見え、またクズリやテンようにも見える。恐る恐る毛玉に触れてみると、ぽわぽわとした毛並みが気持ちよかった。くぅん、と気持ち良さそうな鳴き声と安心して落ち着いたかのような表情を浮かべている。
「おい! 大丈夫か!」
 出雲を心配して駆けつけた燐たちに、出雲は一言呟いた。
「かわいい……」
 後から聞いたら、もうメロメロ、と言わんばかりだったらしい。



「まだ? 先にいくよー?」
 友人が急かす。
「待って待って。ご飯あげなきゃ」
 ケージの中にご飯を載せた皿を差し入れる。と、短い尻尾を嬉しそうにぶんぶんと振りながら皿に近づいてきた。
「夢中だねぇ」
 友人が呆れたような調子で肩越しから覗き込む。
「クウ、ご飯だよー」
 クウと呼ばれたのが判ったのか、一層しっぽを激しく振る。真っ黒でぽわぽわとした毛並み、子犬のような顔立ちで、両手にすっぽり乗ってしまいそうな大きさ。大きくパッチリとした目で見上げて来て、くぅ、と小さく鳴くと、皿にかけた手をぺろりと舐めた。余りのかわいさに心臓が握りつぶされるのではないかと思うような痛みが走る。くぅ、くぅと鳴くから『クウ』、なんて捻りもないと友人には馬鹿にされたけれど、これしか浮かばなかったのだから仕方がない。
「かわいい!」
「ヤバイ!」
 図らずも友人と同時に感嘆の声を洩らす。いや、悲鳴かもしれない。
「学校遅刻する!」
「でも離れられない!」
 鶏のササミとキャベツを軟らかく煮て冷ましたご飯を、クウは夢中になって食べている。その姿を見ながら、友人とヤバイ、でも、遅刻、かわいすぎ、を繰り返していた。
「もう、時間ヤバイ」
 結局は二人で校舎まで走っていくハメになるのが、ここ数日続いている。
 クウと出会ったのは本当に偶然だ。一目見た時からあの可愛さにメロメロになっている。真っ黒な大きな目で可愛らしく自分を見つめてくる様。ご飯をしっぽを振りながら嬉しそうに食べる様子。小さくも、温かい舌で差し出した自分の指を舐める仕草。どれをとっても可愛い。今ではクウの存在で癒されていると言っても良い。
「セーフ!」
「間に合ったぁ……」
 ぜいぜいと息を吐きながら校舎に走りこむ。
 寮では到底飼うことが出来ない。だから、学校の空き部室を使ってコッソリ飼っている。古い部室棟は学校の敷地内でも奥まった遠いところにある。本来は老朽化により立ち入り禁止になっているため、人数が少なすぎて部に昇格出来ない同好会が勝手に使っているのが現状だ。
 そんな場所ならば、さぞやガラの悪い生徒が集まったり、様々なトラブルが人知れず起こっていたりしそうなものだ。だが、正十字学園は一応金持ち学校のせいか、進学校のせいか、そう言う噂を聞いたことがない。
 いや、それは正確ではない。所謂悪い生徒やその仲間が、旧部室棟で集まっていると噂がパッと流れることもある。が、すぐにぴたりと収まってしまい、実際彼らも出入りを止めてしまうのだ。