BRING BACK LATER 8
BRING BACK LATER 8
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
無茶をしてしまった。
士郎はもう無理だと言うのに、自制がきかなかった。
やめろと、嫌だと言う士郎に無理を通し、泣くまで貪って……。
「は……」
ため息が漏れる。
眠る士郎の髪を梳いた。
私が黒くした髪は深夜を過ぎた今、元の赤銅色だ。
眠りなど必要がないはずだというのに、士郎は静かな寝息をたてて眠っている。
私が無理をさせたからだ。
士郎に無理をさせるのは、今夜に限ってではない。いつも士郎は疲れ果てて眠りに落ちている。だが、今夜は特にひどい。シロウは、気を失うように眠った。
あんなに酷くするつもりはなかった、本当に。
ただ私は我慢がならなくて……。
いや、何を理由にしても言い訳がましい。
私が士郎を手酷く扱ったことを正当化することなどできない。
飽くことなく赤銅色の髪を梳き、視線を上げた。
カーテンを開けた窓の外は、青白い月光が夜を照らしている。
昼前、いや、もう昨日のことになるか。手合わせをする士郎とセイバーを見て、奥底から沸々と湧き上がる、何やら昏い感情に揺さぶられた。それは、憤りや怒りに近い感情だった。
セイバーへ自身をぶつけるように打ち合う士郎の姿に焦燥を覚えた。
なぜだ、と士郎を責めたくなった。
私がずっとお前を見続けて来たのだ、なのになぜ、と。
どうして私ではないのか、どうしてセイバーなのか……。
(ああ、そうか。これが……)
嫉妬というやつだ。
初めて嫉妬というやつを私はしたのだと気づいた。
だから、深夜に風呂へ誘い、士郎を貪った。
私がここにいるのだとわからせるために、私の存在を確認させるように……。
やはりお前はセイバーなのかと、喉まで出そうになる言葉を何度も飲み込み、士郎を執拗に求めた。嫌がる士郎を屈服させるようにして。
浴室でぐったりしてしまった士郎の重みを腕に感じて、ようやく私は気づいた。手酷く扱い、泣かせたことに。
決して暴力を働いたわけではない。だが、行為そのものが、同意がなければ暴力と変わらない。そんな当たり前のことに、やっと気づいている自分が愚かしい。
反省の極みで、士郎を部屋まで抱いて連れていき、ベッドに寝かせると、限界だったのだろう、士郎の瞼はすぐに下りていった。
琥珀色の瞳が滲んでいた。私を見つめていたのか、それとももう意識はなかったのか。
ただ、その色は暗く悲しく染まっていたように思う。
傷つけた。
守りたいと思っていた士郎の心に、私は剣を突き立てたかもしれない。
「何をしているのか、私は……」
煌々と夜を照らす丸い月が、傾きはじめたのか、この部屋の窓からも見えている。
明るい夜だというのに、士郎を見失ってしまいそうな気がする。
不安を払うようにカーテンを閉め、横になり、士郎の身体を抱き寄せた。
「士郎……」
どうしようもなくて呼んだ。こんな己を許してくれと、何度でも謝るから、と。
ただその瞳に、他の誰も映さないでほしい。でなければ、私はまたお前を傷つけてしまうかもしれない。
「士郎……」
呼ぶことしかできずに、柔らかな髪を撫で、途方に暮れて、士郎の温もりを感じていることしかできなかった。
「……寝苦しい」
不機嫌な声とともに、もぞもぞと動き出した腕の中に目を向ける。
いつもの目覚めの言葉。
士郎はいつも私の腕から逃れようともがき、目が覚めればそんなふうに言って身体を起こしてしまう。
変わらない明け方だ。だが、どこかいつもと違うのは、士郎がいまだおとなしく私の腕の中にいるからか。
私を見上げるように首を反らした士郎は、じっと私を見つめてくる。
風呂場でのことを言われるのだろうと、きっと罵られるのだろうと、恐々として士郎の言葉を待つ。
「アーチャー……、お、おは、よう……」
確かに朝だが、起きるにはまだ早い。人ではないために、確実な睡眠など我々には必要ない。目覚めて顔を合わせてすぐの言葉が、たとえ時間が早くとも、そういう挨拶になるのは頷ける。
いや、私は何を動揺しているのか。朝の挨拶の定義など、どうでもいい。
「っ……」
目を瞠る。目の前の光景が真実なのかと、思わず頬をつねってみたくなる。
(これは……)
私を見つめる士郎に答えることができない。
そっと頬に手を添えても、琥珀色の瞳は揺らぐことなく私を見つめる。昨夜は悪かったと、士郎が目覚めれば言おうと用意していた言葉があった。だが、何もかもがすっ飛んでしまった。そこに、微笑む士郎の表情があったから……。
嘘の笑顔などではない、この微笑みは、私が望んでいたものだ。
(ああ……)
誰にも見せたくない。
私だけが知っていればいい、こんなお前を……。
「もう少し、腕を緩めてくれると、助かる」
「あ、ああ、そう、だな」
士郎に言われるまま少し腕の力を抜いた。
「これくらいなら、平気だ」
士郎は私の肩口に顔を埋め、私にすべてを預けてくる。
「い、いつものように、嫌がらない、のか?」
「嫌じゃない。アーチャーとこうしているのは、気持ちがいい」
どういう心境の変化だろうか?
急にそんな、うれしいことを言ってくる。
いつもなら、私の腕から逃げようと躍起になり、パジャマを剥ぐなと不機嫌に言い、すぐに私から離れようとするというのに……。
「士郎……」
自分でもどうしたのかというくらい甘ったるい声が出る。
「……ん」
まだ微睡んでいるのか、はっきりとしない士郎の返事が、やたらと可愛く聞こえて我慢ができそうにない。
抱き込んだまま士郎の背を撫で、頬に触れ、顎を上げさせれば、ぼんやりと見つめてくる琥珀色の瞳。タイミングを計りながら触れた唇は薄く開いている。
「アーチャ、ん――」
我慢がきかず、唇を奪えば、素直に応えてくる熱い舌。
(ああ、やっと……)
士郎とまともに求め合うことができる。
いつも、どちらかが過剰で、どちらかが我慢を強いられていたと思う。
過剰なのは、たいてい私だった……。
「士郎……」
口づけながら、パジャマの中の熱い肌をまさぐる。
「っ、は……、あー、ちゃ、っん、んぅ……」
瞳を濡らし、どちらのものとは知れぬ唾液で唇を濡らし、士郎は私を見つめている。
「止めないのか?」
いつもなら、もう朝だからと、私をとどめようとするのに、士郎は乱れた呼吸で熱い吐息をこぼすだけだ。
「止め、て、ほし、ぃか?」
熱く濡れた瞳は明らかに欲情に染まっている。
「ほしいわけがない」
止めないのならば遠慮なくいただく。据え膳でもあることだし、尻込みすることもない。
「アーチャー……」
熱い声。
士郎がこんなにも甘い声を出すのも珍しい。本当にどうしてしまったのか、士郎は。
だが、無性にうれしい。
一つずつ、士郎の一面を知っていくようで胸が湧き立つ。
知っていたはずだ。
我々はエミヤシロウだ。
生前の記憶に大差なく、どこかから枝分かれのようにして歩む道は違っていったが、元を同じにする以上、知り得ないことなどないはずだった。しかし、目の前の士郎は私の愛撫に身体を熱くし、私を求め、身体を開く。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
無茶をしてしまった。
士郎はもう無理だと言うのに、自制がきかなかった。
やめろと、嫌だと言う士郎に無理を通し、泣くまで貪って……。
「は……」
ため息が漏れる。
眠る士郎の髪を梳いた。
私が黒くした髪は深夜を過ぎた今、元の赤銅色だ。
眠りなど必要がないはずだというのに、士郎は静かな寝息をたてて眠っている。
私が無理をさせたからだ。
士郎に無理をさせるのは、今夜に限ってではない。いつも士郎は疲れ果てて眠りに落ちている。だが、今夜は特にひどい。シロウは、気を失うように眠った。
あんなに酷くするつもりはなかった、本当に。
ただ私は我慢がならなくて……。
いや、何を理由にしても言い訳がましい。
私が士郎を手酷く扱ったことを正当化することなどできない。
飽くことなく赤銅色の髪を梳き、視線を上げた。
カーテンを開けた窓の外は、青白い月光が夜を照らしている。
昼前、いや、もう昨日のことになるか。手合わせをする士郎とセイバーを見て、奥底から沸々と湧き上がる、何やら昏い感情に揺さぶられた。それは、憤りや怒りに近い感情だった。
セイバーへ自身をぶつけるように打ち合う士郎の姿に焦燥を覚えた。
なぜだ、と士郎を責めたくなった。
私がずっとお前を見続けて来たのだ、なのになぜ、と。
どうして私ではないのか、どうしてセイバーなのか……。
(ああ、そうか。これが……)
嫉妬というやつだ。
初めて嫉妬というやつを私はしたのだと気づいた。
だから、深夜に風呂へ誘い、士郎を貪った。
私がここにいるのだとわからせるために、私の存在を確認させるように……。
やはりお前はセイバーなのかと、喉まで出そうになる言葉を何度も飲み込み、士郎を執拗に求めた。嫌がる士郎を屈服させるようにして。
浴室でぐったりしてしまった士郎の重みを腕に感じて、ようやく私は気づいた。手酷く扱い、泣かせたことに。
決して暴力を働いたわけではない。だが、行為そのものが、同意がなければ暴力と変わらない。そんな当たり前のことに、やっと気づいている自分が愚かしい。
反省の極みで、士郎を部屋まで抱いて連れていき、ベッドに寝かせると、限界だったのだろう、士郎の瞼はすぐに下りていった。
琥珀色の瞳が滲んでいた。私を見つめていたのか、それとももう意識はなかったのか。
ただ、その色は暗く悲しく染まっていたように思う。
傷つけた。
守りたいと思っていた士郎の心に、私は剣を突き立てたかもしれない。
「何をしているのか、私は……」
煌々と夜を照らす丸い月が、傾きはじめたのか、この部屋の窓からも見えている。
明るい夜だというのに、士郎を見失ってしまいそうな気がする。
不安を払うようにカーテンを閉め、横になり、士郎の身体を抱き寄せた。
「士郎……」
どうしようもなくて呼んだ。こんな己を許してくれと、何度でも謝るから、と。
ただその瞳に、他の誰も映さないでほしい。でなければ、私はまたお前を傷つけてしまうかもしれない。
「士郎……」
呼ぶことしかできずに、柔らかな髪を撫で、途方に暮れて、士郎の温もりを感じていることしかできなかった。
「……寝苦しい」
不機嫌な声とともに、もぞもぞと動き出した腕の中に目を向ける。
いつもの目覚めの言葉。
士郎はいつも私の腕から逃れようともがき、目が覚めればそんなふうに言って身体を起こしてしまう。
変わらない明け方だ。だが、どこかいつもと違うのは、士郎がいまだおとなしく私の腕の中にいるからか。
私を見上げるように首を反らした士郎は、じっと私を見つめてくる。
風呂場でのことを言われるのだろうと、きっと罵られるのだろうと、恐々として士郎の言葉を待つ。
「アーチャー……、お、おは、よう……」
確かに朝だが、起きるにはまだ早い。人ではないために、確実な睡眠など我々には必要ない。目覚めて顔を合わせてすぐの言葉が、たとえ時間が早くとも、そういう挨拶になるのは頷ける。
いや、私は何を動揺しているのか。朝の挨拶の定義など、どうでもいい。
「っ……」
目を瞠る。目の前の光景が真実なのかと、思わず頬をつねってみたくなる。
(これは……)
私を見つめる士郎に答えることができない。
そっと頬に手を添えても、琥珀色の瞳は揺らぐことなく私を見つめる。昨夜は悪かったと、士郎が目覚めれば言おうと用意していた言葉があった。だが、何もかもがすっ飛んでしまった。そこに、微笑む士郎の表情があったから……。
嘘の笑顔などではない、この微笑みは、私が望んでいたものだ。
(ああ……)
誰にも見せたくない。
私だけが知っていればいい、こんなお前を……。
「もう少し、腕を緩めてくれると、助かる」
「あ、ああ、そう、だな」
士郎に言われるまま少し腕の力を抜いた。
「これくらいなら、平気だ」
士郎は私の肩口に顔を埋め、私にすべてを預けてくる。
「い、いつものように、嫌がらない、のか?」
「嫌じゃない。アーチャーとこうしているのは、気持ちがいい」
どういう心境の変化だろうか?
急にそんな、うれしいことを言ってくる。
いつもなら、私の腕から逃げようと躍起になり、パジャマを剥ぐなと不機嫌に言い、すぐに私から離れようとするというのに……。
「士郎……」
自分でもどうしたのかというくらい甘ったるい声が出る。
「……ん」
まだ微睡んでいるのか、はっきりとしない士郎の返事が、やたらと可愛く聞こえて我慢ができそうにない。
抱き込んだまま士郎の背を撫で、頬に触れ、顎を上げさせれば、ぼんやりと見つめてくる琥珀色の瞳。タイミングを計りながら触れた唇は薄く開いている。
「アーチャ、ん――」
我慢がきかず、唇を奪えば、素直に応えてくる熱い舌。
(ああ、やっと……)
士郎とまともに求め合うことができる。
いつも、どちらかが過剰で、どちらかが我慢を強いられていたと思う。
過剰なのは、たいてい私だった……。
「士郎……」
口づけながら、パジャマの中の熱い肌をまさぐる。
「っ、は……、あー、ちゃ、っん、んぅ……」
瞳を濡らし、どちらのものとは知れぬ唾液で唇を濡らし、士郎は私を見つめている。
「止めないのか?」
いつもなら、もう朝だからと、私をとどめようとするのに、士郎は乱れた呼吸で熱い吐息をこぼすだけだ。
「止め、て、ほし、ぃか?」
熱く濡れた瞳は明らかに欲情に染まっている。
「ほしいわけがない」
止めないのならば遠慮なくいただく。据え膳でもあることだし、尻込みすることもない。
「アーチャー……」
熱い声。
士郎がこんなにも甘い声を出すのも珍しい。本当にどうしてしまったのか、士郎は。
だが、無性にうれしい。
一つずつ、士郎の一面を知っていくようで胸が湧き立つ。
知っていたはずだ。
我々はエミヤシロウだ。
生前の記憶に大差なく、どこかから枝分かれのようにして歩む道は違っていったが、元を同じにする以上、知り得ないことなどないはずだった。しかし、目の前の士郎は私の愛撫に身体を熱くし、私を求め、身体を開く。
作品名:BRING BACK LATER 8 作家名:さやけ