二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

BRING BACK LATER 8

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

 立場が逆であったなら、私も受け入れるのだろうか……。
 いや、それはないだろう。私にはこんな真似はできない。こんなふうに誰かを――己を受け入れることなどできそうにない。
 そう思いながらも私は士郎を求めている、というのは、なんとも矛盾しているな……。
 矛盾だらけでおかしいと思う。滑稽だ。本当に、どうかしている。
(それでも……)
 私は士郎を求め、知らなかった士郎の姿を見て歓喜する。
 かたく閉じていた花びらを一枚一枚剥くように士郎を開いていく……。
 そんな倒錯に溺れそうだ。
 虚構と無表情で覆われている士郎を暴いているような気がして、少しの戸惑いと優越を覚えた。
 熱く求め合って、深く繋がって、もう、一つに溶け合えばいいと、馬鹿なことを思った……。


 士郎が笑うようになった。
 微笑ではあるが、今までにない微笑みを湛えるようになったのだ。
 進歩だ。
 ようやくいい表情というものが表れた。だからだろうか、いつもよりも熱くなって私は士郎を求めていた。
 いまだ寝静まるこの世界で誰も知らない、私だけが知っている。
 士郎が微笑(わら)えるようになった、記念すべき黎明だった。

◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆


「ん」
 シロウの差し出した物に目を向けてから、アーチャーは視線をシロウの顔へ移す。
 ビワの皮を剥いて差し出したシロウはアーチャーを見上げ、
「味見」
 先に食べていいのか、と窺う視線に答える。
 アーチャーは今、調理中で手が離せない。シンクで今夜のデザートとなるビワを洗っていたシロウが、味見と称してアーチャーに旬の初物をこの屋敷の誰よりも早く勧めた。
「そうか」
 アーチャーも断ることなくシロウの手ずからビワをかじる。
「甘い」
 穏やかなアーチャーの横顔に、士郎は不思議そうな顔をする。
「果物の甘さは大丈夫なのか?」
「ああ。お前もだろう?」
「うん」
 そんな話をしながら、半分ほどかじったアーチャーは、
「お前も味見をしておけ」
 そう言って口元を緩ませた。アーチャーが試食した残りのビワをシロウも口に入れる。
「うん。甘い」
 冷やしておこう、と洗ったビワの水気を拭き、冷蔵庫へとビワをしまった。
「あとは、何をする予定だ?」
「胡麻和えでもするか」
「ほうれん草でいいか?」
「茹でたものが冷蔵庫に残って――」
「ん。あった」
 アーチャーの言葉をみなまで聞く前に、シロウは冷蔵庫のタッパーを取り出した。それに頷くアーチャーは少し目尻を下げ、手元へと顔を戻す。
 調理台へと戻ったシロウはアーチャーと並び、何事かを相談しながらほうれん草の胡麻和えを作っているようだ。
 衛宮邸の台所では、アーチャーとシロウが、阿吽の呼吸でテキパキと働いている。
 夕食の準備をする二人の様子を、居間から眺めていた凛は、うんざりして頬杖をついている。
「あま―――――――――――い。どうしちゃったのよー? あの二人ぃー」
 凛が頬杖から座卓に顎を落とし、誰にともなく訊けば、
「一歩進んだんでしょうか、うふふ……」
 桜が勝手な想像を膨らませて赤くなり、やはり座卓に顎を載せる。
「…………うぅ」
 そして、セイバーは意気消沈している。
「衛宮くんがいたら、きっと吐くって言うわね……」
「先輩が、ですか? どうしてです?」
「あ、あーっと、ほら、一応、衛宮くんは男だしー、ね?」
「は、はぁ……」
 桜がわかったような、わからないような、という顔で相槌を打つ。
「シロウは、シロウは、やはり、アーチャーなのですね、お姉さんでは、ダメなのですね……」
 ううう、と悔しげに呻くセイバーは、弟を取られたような気分なのだろうか。
「セイバー、元気出しなさいよー。シロウが幸せならいいじゃなーい」
「ええ、もちろんですぅ……」
 座卓に顎を預けた三人娘は、台所から漏れてくる甘い空気に、ため息をつき通しだった。



***

 前を歩く背中。
 揺れる白銀の髪。
 時折振り返る精悍な横顔。
 シロウはその光景が好きだった。
 アーチャーと二人で歩く時はいつも手を引かれている。これがはじまったのは、まだ、シロウがどうしようもなく嘘に縛られていた時だった。
「士郎」
 アーチャーはシロウを呼び、立ち止まった。
「アーチャー? どうかしたか?」
 シロウも足を止め、少し前で振り向くアーチャーを見上げていると、空いた手で手招きされ、素直に近づく。
「何かあっ――」
「ここで」
「え?」
 アーチャーと肩を並べるように立つシロウに、アーチャーは小さく笑う。
「この位置で」
 アーチャーの言う意味がやっとわかって目を瞠り、シロウはうろたえながら視線を落とす。顔が熱くてしようがない。
「こ、こんなの、は……、あの、い、いつも、と、お、おんなじ、で……、い、い」
 シロウが必死に声を絞って離れようとすれば、繋がれた手の指にするりとアーチャーの指が絡み、ぎゅ、と握られる。
「っ!」
 シロウの鼓動はバクバク跳ねまわり、眩暈まで起こしそうになる。
「う、は、恥ずか、し、い、」
 自分自身を保つために、シロウはこんな状態からいち早く逃れたい。アーチャーにやめてくれと願う。だが、
「いいだろう? 夫夫なのだから。商店街でも、もう公認だ」
 アーチャーの言う通り、すでに商店街ではこの特殊な夫夫のことは認められている。はじめこそ訝しげな顔で遠巻きにしていた商店の人たちも、二人が揃って買い物に行くうちに受け入れていった。
 それには、藤村大河の盛大な口コミが効いている。
 見た目はやや抵抗感のあるアーチャーだが、実のところ人畜無害、しかも気の利く好青年と太鼓判を押されており、シロウの方は、やや傷持ちだから、そっと見守ろう、ということが暗黙の了解となっている。
 その上、大量購入が日常と化した衛宮邸の住人は、やはりいい常連客でもあるのだ。多少の違和感など即刻飲みこんで、最近では二人が買い物に来ると、商店街では温かく出迎えられている。
「手を引かれるのと大差ないだろう?」
「そ……、そ、う、だけ、ど……」
 いまだ身を固くして離れようとするシロウに、アーチャーは痺れを切らしたようだ。
「行くぞ」
 握られた手を腕ごと引かれ、シロウはアーチャーの傍らについて歩かないわけにはいかない。アーチャーの腕が絡むようにシロウの腕を固定している。
 おかげで肩も、もちろん腕も、ぴったりと触れ合っている。
 アーチャーの背中を追うように後をついて歩くのがシロウは好きだった。
 だが、この、落ち着かないが、体温を感じることのできる距離も、アーチャーの見ている景色をともに見ているという感覚も、悪いどころか、むしろずっとこうしていたいと思わせる。
(ああ……)
 シロウの胸が重く軋む。
 好きな人と同じ光景を見ているというこの瞬間が、切り取れるものならば切り取って、大切にしまっておきたい。
 本当ならば泣きたかった。
 どんなに想ったところで、成就はしないこの恋は、いずれ自分の中で腐っていくだけのものだとシロウは知っている。
 だというのに、この瞬間は、何気ない日常の景色でさえ煌めいて、緩い風、吹き流されたような雲、時折聞こえる鳥の声……。
作品名:BRING BACK LATER 8 作家名:さやけ