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暫く霓凰と云々していると、門の方に来る人の群れを感じて目をやると、雲南王と従者、十人程が林殊と霓凰の方に向かってくる。
居ないと聞いていた雲南王だったが、急な変更でもあって、王府に居たのだろうと、林殊は思った。
襟を直していずまいを正し、挨拶しようと心の用意をしていた。
「お父様ごめんなさい。」
「違うの!!私が林殊哥哥に駄々をこねて、連れて行ってもらったの!!」
霓凰の悲痛な叫びだった。
霓凰のこの言葉で、何が起きているのか理解をする。
━━━━そうか、霓凰は嘘をついて私と螢を見に行ったのだ。━━━━
━━━━父親の雲南に嘘をついてまで、、、、。━━━━
霓凰は、本の数刻の間、雲南王と林殊を欺く小さな嘘なのだと思っていた。
そして全ては上手くいく筈だったのだ。
誰も傷つかず、自分も林殊との時間を過ごせる。
だが、雲南王は全てを見抜いていたのだ。
「林家の倅よ。理もなく霓凰をただ一人、暗くなるまで連れ出した。この事態をどうするのだ。」
物静かであるが、雲南王の強い怒りを感じた。
「すみません。私が無理を言って、霓凰を連れ出しました。」
「全ては私が悪いのです。」
「責任は私にあるのです。」
「どうぞ、私を罰して下さい。」
間髪を入れずに霓凰が言う。
「違うわ、お父様。私が嘘をついたの、林殊哥哥は何も悪くない。」
「罰を受けるなら私よ。」
見兼ねたのか、雲南王が声を荒げる。
「黙りなさい、霓凰。お前の頼みでも、引き受けて連れ出すなぞ、非常識極まり無い。」
腹部に響きわたるような声である。
「霓凰、お前は部屋に居なさい。」
「連れて行け。」
従者が、霓凰を部屋へ連れて行こうとする。霓凰は抗う。
ふと林殊を見ると、大丈夫だから、、と、目が言っている。
多分こうして、霓凰が抗ってもどうにもならないのだ。父親の顔を見て分かる。
────節度があれば、大概のことはお父様は許してくれたわ。
でも、今日の事は絶対に許さないと思ったの。
だから黙って、お父様の留守の時に行こうと思った。小さな嘘の筈だった、、、。
まさか、今夜中にお父様が戻られるなんて、、、、、。────
今更、ちゃんと許しを貰って、皆で行けば良かったと、、、、いくら反省してももう遅かった。
────お父様は、本当は全部知っていたのかしら、、、。
でも、それなら初めから行かせはしないわ。
なら、本当に偶然早く帰ってきて、偶然、私がこっそり出かけたのを知ったのね。────
運が悪すぎる、、、だが、そもそもは霓凰の嘘が招いたのだ。
父親に知れてしまったら、もう林殊哥哥と遊べなくなるかも知れないと、、、、考えなかったわけでは無かった。
────でも、、、、行きたかったの、、、、。────
もう、何を言っても雲南王は聞く耳を持つまい。霓凰は抗うのを止めて、素直に従者とこの場を去るが、何度も振り返り、林殊と雲南王を見ていた。


林殊は、穆王府の玄関に正座をして、林家の者が迎えに来るまで待っていた。
目の前には、少し離れて雲南王が椅子に座り、林殊をじっと見据えていた。
あまりの迫力に身動き一つ、、、いや、息をするのもはばかられた。
叱責するか、怒鳴られた方がマシだった。
何かを問い正す訳でもなく、ただじっと林殊を見ているのだ、とんでもない緊張感だった。
━━━━しかも、今、父上は金陵には居ない。多分、迎えに来るのは母上だろう。
この事を言うべきか、、、、黙っているべきか、、、、。━━━━
例え言うべきでも、この重々しい静寂を、この林殊か破れ様か。

泣きそうだった霓凰の顔が浮かんで仕方が無い。
━━━━大丈夫だろうか、、、。私が怒られるのはいつもの事だ。
余計な心配をして、泣いてなきゃいいけど、、、。━━━━━


どれだけ待っただろうか、、、。
林殊の母が、穆王府に引き取りに来る。
雲南王に事のあらましを伝えられ、母親の●●公主はただひたすら謝るばかりだった。

「縁を結べる年頃に近づいているのだ。」
「浮ついた評判が立ってしまっては困る。小殊にもその辺りを考えてもらわねば、霓凰の将来にも関わるのだ。」
「今後は、霓凰には関わらないでもらいたい。」
毅然と雲南王に言い放たれてしまった。
こう、ハッキリと言われてしまったら、「はい。」と、言うしかないのだ。



ほんの数日でも、一緒に居れれば良いと思っていたのに、、、人とは欲が出るもので、十日、ひと月と長居をしていた。




あの地獄も今では気兼ねなく口にでき、問いかけられる。
忘れる事は出来ないが、「過去」という一言で片付けられる様になっていた。
平穏な日々を手に入れることが出来た。位も立場も捨てて、二人静かに生きる道。

当然、霓凰は穆王府の事が気にならない訳ではない。
だがここ数年、穆王府では幾人かの家臣の入れ替りがあった。武人として優れ穆王府の軍に尽す者、文人として秀で、穆王府の手の者として官位を得た者。
あらゆる方面で、心配事が埋まってゆくのを感じていた。若い者も老練な者も、皆、穆王府への忠義は疑わなかった。
穆青も世の中に刮目し、もうあの霓凰が守ってきた小さな穆青ではないのだ。霓凰一人黙って消えようと、穆王府の何処かが崩れるという事は考えにくい。
そもそも先帝は世を去り、今は共に育ち共にあの苦難を乗り越えた簫景琰なのである。皇宮に彼を籠絡する勢力があるとはとても見えない。それだけ彼は目を光らせ牽制をして、梁の平穏をたもっているのだ
武人の彼は王府の軍事力を信用し任せているのだ、王府はこの信頼に報い辺境を守れば良い、全く単純な事なのだ。この簡単なことが、先帝の時代は如何に困難であったことか。
むしろ、先帝時代が有り得る現実で、理想的である景琰の治世の方が夢の話なのかも知れない。
とにかく、景琰は良く治めている、理想的に。
林殊の事は、きっと何かの筋から景琰の耳に届いているに違いなかった。景琰だって梅嶺での事では、周りの者がわかる程落胆していたのだ。林殊自身が会いに行くなり知らせるなりをしてあげれば良いのにと、霓凰は思っていたが、全く知らせる気配はは見られない。
男とは、そういうものであるらしい、、、、、。

風の匂いが確実に変わってきていた。もう夏のものではなく、日も次第に短くなってゆくのを感じている。山の中ならそれも分かり易い。
あまりこれまでは無かった事たが、体調に僅かな変化があり、体が重く感じることがある。数日おきに廻って来るようで、気も滅入る。修練を怠っているせいか、、、、。若くは無いとという事なのか、、、。
軍で野営をするよりはるかに楽なのに、気を張っていなくても済むのに、林殊と二人だけのここの生活のせいなのか。王府にいた頃の張りつめた空気は無く、のんびりと過ごしていた。状況は急に変わりすぎた。穏やかに過ごしているが、心と体が環境に付いていけないでいるのだろうか。

今日は麓の街で市が立つ日だ。十日に一度ほどの、、そう大きな街では無いので、市と言ってもたかが知れている。たが日々の暮らしの必要な物を求めるのには充分な規模である。
















この先どんなに厳しい冬だろうが、どんなに激しい雪だろうが、全ては必ず過ぎ去り、梅薫る風が吹くことを二人は知っている。