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林殊が出したのは、酒瓶だった。葉っぱと蔓で閉じてある口を開けて、逆様にして自分の手のひらに中身を出した。
出てきたのは、十数匹の黒い小さな虫だった。
「いやっ。」
「あれ?。」
「やっぱり変な虫だった!!」
「違う違うwww。」
よく良く聞けば、この黒い虫は、螢なのだと言う。
林殊は、蛍のいる川を見つけて、霓凰に見せたくて、酒の瓶に入れて持って来たのだというが
、馬を駆け、早く見せたい一心でここに来たのだ、林殊の腰に付けられた瓶の中の螢かどうなってしまうのか、残念ながら、急ぐ林殊の想像の外だったのた。

「川いっぱいの螢だったんだ!」
「霓凰に見せたかった。」
螢を見た事が無い訳ではなかった。夏になれば、穆王府の使用人が捕まえて来て、庭に放ったりすることがあった。
とても綺麗で、霓凰はいつまでも見ていた。
それが、川辺に沢山となれば、話しだけでも興奮せずにはいられない。
「そんなに沢山の螢!!」
「林殊哥哥!、私、見たい!!連れて行って!!!」
きらきらと、霓凰の瞳が輝く。
まずい、と、林殊は思った。
穆王府のお姫様だけあって、したいと思ったら無理にでも通してしまうのだ。
これだけ、可愛らしく、快活で賢い娘なのだ。父親の雲南王が、目の中に入れても痛くないような、大切な娘なのだ。
しかも、雲南王から何故か林殊は嫌われている。
一緒に出歩くことすら好ましくは思っていな様だ。
小さい頃に、林殊が色々連れ回しては衣を汚したり、あちこち擦りむいて帰ってきた。その原因が林殊だと思っている。まぁ、あながち間違ってもいない。
そもそもは、林殊に霓凰が付いてまわっただけなのだが、我が子可愛さの穆王には、その様には思えぬらしい。
「じゃあ、霓凰、」
「連れて行くけど、雲南王の許しをもらって。」
「お父様の?、、、」
「うん、行くのは夜だし、雲南王の許可があったら連れていくから。」
「分かったわ、お父様に話す。」
雲南王さえ許せば、堂々と連れて行けるのだ。

明日また、どうなったか聞きに来ると約束して、林殊は穆王府の塀を超えて帰って行った。

林殊は、雲南王の許しをもらうのは、多分無理だろうと思っていた。
そうしたら今度は、死なさないように捕まえた螢を持って来て、霓凰に見せてやればいいがと思っていた。

┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈


絶対に無理だと思っていたが、なんと霓凰は雲南王の許しを得たのだ。
それも二人だけで行っても良いと。
元々、霓凰は侍女を付けない。霓凰の行動に付いて来れないばかりか、今日はこうして遊んだああして遊んだと、雲南王に報告するので、霓凰は「女子らしくせよ」と、諭されてしまうのだ。たが、快活な霓凰が、父親も好きなのだが、目に余れば叱らずにはいられない。
この娘のお転婆の原因が、林殊なのだ。
そして霓凰の口から離れない言葉も「林殊哥哥」なのだ。
林殊はかなり驚いたが、霓凰は嘘をつくような娘ではない。
頭も良い娘なのだ、上手に父親に説明して、納得させたに違いないと思った。
次の日の夕暮れに出掛けていくことにして、霓凰はいつも林殊が越えてくるこの塀の前で待っている事になった。
丁度その日、雲南王は出掛けて王府にはいないので、王府への挨拶も要らぬという、何とも林殊好みの螢狩りの出発のようだ。

翌日の夕暮れ前に、馬を駆け約束の場所へ行くと、霓凰が一人待っていた。
いつもの衣ではなく、あまり見かけない綺麗な衣を着ていた。
薄い水色の涼し気な衣で、霓凰に良く似合っていた。
霓凰の姿に心が躍る。自分の為におめかしをした霓凰に、心が締め付けられそうになる。
馬の上から下りもせず、側まで行って手を差しのべる。
霓凰はその手を掴み引き上げられると、ヒラリと飛んで何とも自然に林殊の後ろに乗ったのだ。
「あまり時間が無いから、行こうか。」
「うん。」
霓凰が背中にしがみつく。この密着感に林殊は、頬が紅潮するのを抑えられず、顔を見られないの良かったと思った。
時間も無いのも事実で、門が閉まるまでの約束だった。
ギリギリ間に合うかという感じで、霓凰を後ろに乗せ、馬を馳せる。
霓凰は馬術にも長けている。そこら辺のなよなよした子女ならば出来ないが、霓凰は馬と林殊の動きにも合わせて乗れるので、城門を出ればかなりな速さが出せる。
これならば、螢を見て直ぐ帰る訳ではなく、幾らかはは遊んでこれそうだと思った。
風を斬り、夕暮れの中を翔けて行く。

都の城門を出て、目的の地へと着く。
そこは都の外れと言ってもよかった。
緩やかな丘陵の麓、森から流れる小川にいた。
到着した頃には辺りはすっかり暗くなり、丈の低い草に止まって光る螢や、飛びながら光る螢が、川に沿って生息しているのがわかった。
数百はいるだろうか、螢の光り飛び交う様に、霓凰は興奮していた。
「凄いわ!!こんなに沢山の螢、初めて見た。」
「こんな所、いつ見つけたの?」
なんだかこんなに喜んで貰って、嬉しくなる。
「去年、景琰と見つけたんだ。」
「ふーん、良いわよね、男の子って。自由に出歩けて。」
「女って損だわ。」
━━━━私は、霓凰が女の子で良かったよ。━━━━━
螢を見ながら愚痴る霓凰、霓凰らしい考え方だ。小さい頃からこうだった。
この頃は、佇まいが何だか女の子らしくなってしまい、時折、林殊の心をどきりとさせる。
だが、子供みたいな以前と変わらない部分もあるのだ。
そんな所が残っているのも微笑ましくて、、。
「何?どうして笑ってるの?」
「ん?笑ってなんかいないよ。」
つい、にやついてしまったらしい。
「林殊哥哥、また何かイタズラ考えてるのね!!」
霓凰は、目の前の小川から水をすくって林殊に掛けた。
「やったな!!!」
自分も霓凰に掛けようと思ったが、一瞬で躊躇して止めた。霓凰の綺麗な衣が、濡れてしまうからだ。
━━━━それならば!!━━━━
林殊は幾らか霓凰から遠のく。
「ほーら、私に水をかけてみろよ。」
「もう!!絶対にかけてやるんだから!!」
両手で水をすくい、立ち上がる。霓凰の周りの草に止まっていた蛍が一斉に飛び上がった。
霓凰は林殊に向かって小走りになる。
飛び交う螢の中の霓凰が、何とも幻想的で、林殊は、そんな螢と霓凰を暫く見ていたかった。
━━━━もう少しじっとしてたら良いのにな。━━━━━
二人、夏の風情を楽しんだ。


林殊はもっと居たかった気持ちを抑えて、遅くならずに、城門が閉まる前に帰ってきた。
余裕もある位だった。
━━━━これなら、雲南王の機嫌を損ねる事もないよな。
私にしては、優秀な位だ。━━━━━

穆王府に着く。
行きは霓凰の言われるがままに、挨拶一つせず連れ去った様な形になってしまったが、いくら、雲南王が留守とはいえ、霓凰をきちんと送り届け、評判の行儀の悪さを払拭したかった。
「ここで、良いわ。」
と、霓凰は何故か頑なだった。
━━━━そうはいかない。私だって少しはちゃんとしてる所をわかって欲しい。━━━━
ましてや、帰りは夜になったのだ。このまま霓凰をここに置いていったら、男として無責任も甚だしい。