鳥のように 風のように / 幻影
「ああ ミーシャ!ごめん!」
見ると ミーシャの顔も青白くなり こめかみを押さえている。
この力を使った時に起こる いつもの頭痛が始まったのだろう、そろそろ限界のようだ。それに 店主の懐の軍資金も底を突くころだ、 俺たちの目の前には ちょっとした大金が積み上げられていたのだから。
「ありがとう 楽しかったよ おっちゃん! じゃあな!」
俺たち 三人は 金貨の山を手分けして懐に仕舞い込むと その場を立ち去った。
「すげぇ 大金だ いったいどうやったんだ? エレフ」
オリオンが 興奮した様子で 問いかけてきた
「別に 何もしていないさ ミーシャには 不思議な力があるんだ」
「その力を使えば 俺たち あっという間に大金持ちじゃないか!
何故 今まで黙っていたんだ?」
「使いすぎると すぐに頭が痛くなっちゃうの・・・」
いくらか 頭痛が治まってきたのか、ミーシャが笑顔を見せて言った。
「そうか ごめんミーシャ、 もう無理しなくていいからな
それに 俺たちは あんまり目立つわけにはいかないから」
「どうやら 手遅れみたい・・」
村から遠く離れた街道に 傾きかけた夕日が真っ赤な光を投げかけ まばらに並ぶ木立が影を 長く落としていた。ミーシャの言葉に 注意深く良く見ると、俺たちの行く手の木の陰に 数人の黒い人影が隠れている。
「誰だ!!?」
「このまま 無事に行けると思っていたのか?」
そう言って現れたのは 先ほどの店主と俺たちが来る前に遊んでいた客の男たちだった。
「成るほど・・ ベタな展開ってわけだ・・ 金を置いて立ち去れって言うんだろう?」
「どうやったかは 知らないが 何かインチキをしやがったんだろう?」
「インチキしてたのは そっちじゃないか?
そこにいるのは サクラ役の客なんだろう?」
そう言われても 厚顔無恥なのか 顔色一つ変えずに 店主は言った。
「判ってんなら 話は早い! それに良く見れば そこの娘は なかなかの上玉だな
そいつも置いて行って貰おうか?」
「なんだって!?」
俺とオリオンは ミーシャを庇って 前に出ると身構えた。
けれど 屈強な大人三人に囲まれて 無傷で切り抜けられるとは思えない せめて ミーシャだけでも 先に逃がそうとしていると いきなり男の一人が襲いかかってきた。
「ミーシャ 逃げろ!」
オリオンが なんとか足止めしようと 飛びかかったが、男は苦も無く片手で殴り倒し そちらに気を取られていた隙に 近づいてきた店主の男の拳が俺の腹に深々と突き刺さり堪らず 俺はその場に倒れこんでしまった。
「ふん! 生意気な小僧には お仕置きが必要なようだな・・!」
男の左手が ぐいいっと強く首筋に食い込み 右手が下腹部をまさぐる。
「おやおや 綺麗な顔をしているが 付いているものは付いているんだな」
きりりと 強く握り緊められ 鋭い痛みが走り 抵抗力が奪われて身動きできない
オリオンもまた 先ほどの男に組み敷かれてしまったようだ。
「きゃあぁぁ!!」
ミーシャの悲鳴だ!!! 店主の男に抑えつけられながらも なんとか声の方を見ると ミーシャもまた 残りの男に捕まってしまっていた。
「・・放・せっ!」
そう声を絞り出し 男の下から逃げ出そうとしたが、体格差があり過ぎ どうにも出来ない。
どうして いつも こうなんだ!!? 弱い者が 強い者の良いように扱われ 傷つけられる。この理不尽な運命の枷から どんなに努力しても抜け出すことは出来ないのか!?
「ミーシャ!!」
その時だった・・
『ソゥダ 呪ゥガイイ・・ネクロス・・・』
耳元で あの声が 囁いた・・・
優しく 歌うように 甘美な調べのような、けれど 心の底を 凍らせる・・ あの声が 甘く囁いた・・
不意に ゴトリと俺の胸の上に男の頭が落ち、ぐったりと力の抜けた体が覆いかぶさってきた。今まで 強く締め付けていた両の手には既に力は無く、俺は 重い砂袋のようになった男の身体の下から這い出した。
見ると、店主の男の顔は紫色に変色し 既に息をしていない・・・
死んでいる・・・
あまりの事に驚き 廻りを見回すと 他の男たちも この異変に気付いたようだ。 呆然として こちらを見ているミーシャに手を掛けている男と目が合うと 俺は叫んだ!
「ミーシャ!!」
途端に、その男は自分の胸を押さえ、見る間に顔色をどす黒く変え泡を吹いて昏倒した。
「エレフ!!」「ミーシャ!!」
俺とミーシャは お互いに呼び合い 駆け寄り抱き合った。
「ミーシャ・・」「エレフ・・」
(そうだ オリオンは?)そう思い そちらを見ると、オリオンに圧し掛かっていた男が 背を向け全速で逃げだしているところだった。
「わっ わっ うわぁ~!!」
みっとも無いほど取り乱し 赤子のように泣き喚きながら必死で逃げてゆく。
(ソゥダ ソの方が 懸命だ・・・)心の中で 妙に冷めた声がする・・
「ちっくしょう! なんだってんだ!?」
オリオンは 喚きながら 逃げてゆく男の背に 弓を射る真似をした。
今、オリオンの手元に弓と矢が無かったのは、逃げだした男の人生にとって 最大の幸運だっただろう。
「いったい どうなってんだ これは?」
「さあ・な? 日頃の行いが よほど悪かったんだろう?」
俺たちが そんな風にぶつくさ言っていると、ミーシャが震える手で 俺の二の腕にすがり付いてきた。
「大丈夫!?」
そう尋ねると ミーシャは 黙ってコクンと ひとつ頷いた。
何が起きたのか 解らなかったが、こんな所にぐずぐずしていたって何も良いことは無い
早く この場を立ち去った方がいいだろう。
辺りには いつの間にか すっかり宵闇が舞い降りてきていた。
「オリオン 行くぞ!」
そう 呼びかけると、オリオンは 何やら息絶えた男達の懐をさぐっているようだ。
「なにしてんだ? さっさとしろよ!」
「へへへ 死んだ奴らには 必要ないだろうからな」
そう言ったオリオンの手には 二つの財布が握られていた。
まったく こいつって奴は・・・ 只では転ばないんだから・・・
呆れるというより 感心してしまう。
「見習わなくっちゃな・・」
「へっ? 何を?」
「その タフさ加減をだよ!」
「言ったな? こいつぅ!!」
そうやって ふざけ合いながら立ち去りかけた時、 エレフは ゾクリと背筋に寒気を感じ 背後を振り返った。
眼を細めると うす暗くなった街道に横たわる死んだ男達のふたつの躯の傍に 異様に背の高い黒い影が佇んでいる事に エレフは気付いた。
それは 微動だにせず じっと こちらを見ている・・・
「どうしたの? エレフ」
「ミーシャ ほら あそこに・・・」
黒い影を 指さそうと伸ばしかけたエレフの手が 途中で はたと止まった・・・
一瞬 ミーシャの言葉に気を取られた間に 其れは幻のように掻き消えていたのだ。
「エレフ・・?」
「ごめん 何でも無い・・ 何でも無いよ・・ ミーシャ」
(馬鹿だな・・ アレが 自分以外に 見えるはずもないのに・・・)
作品名:鳥のように 風のように / 幻影 作家名:時帰呼