ヨアケノイロ
ボクは春歌の瞳を覗き込む。春歌は恥ずかしそうにうつむくと、小さな声で応える。
「藍くん…」
少し苦手だった自分の名前。だけど君の声で呼ばれるそれは特別な響きを持って、ボクの中に甘く溶けていく。
ボクは小さく微笑んで、彼女の額にそっと口づける。
「…これは、ご褒美のキス」
耳元で囁くと、春歌は頬を赤く染める。そんな彼女をボクは心から愛おしく感じて、両腕でその小さくて華奢な身体を、そっと包み込む。触れ合う肌からお互いの体温が伝わってくる。目を閉じて、その心地よい温もりに身を委ねていると、不意に、頬に温かいものが触れた。
目を開けると、春歌の顔がすぐ側にあった。
「藍くんも、覚えていて下さい」
「え…?」
「わたし達は普通の恋人同士とは言えないのかもしれないけれど、それでもわたしは、他の誰でもなくて、藍くんとずっと一緒にいたいです」
「春歌…」
曇りのない澄んだ瞳が真っ直ぐにボクを見上げている。ボクと言う存在をありのまま受け入れてくれている。そんな君に出逢えた事は、奇跡に等しい。
ボクは彼女を抱きしめる腕に、力を込めた。
「ありがとう春歌……愛してる」
君に出逢って、ボクの中に初めて芽生えた感情。まるで知らなかった事が噓みたいに、今はもうこんなにも、溢れ出して止まらないんだ。
「ね、見て。夜が明けるよ」
二人で顔を上げた先には、少しずつ色を変え始める空。次第に明るくなっていく地平と、まだ夜の色を残す天空のグラデーション。それはボクの目にも美しく映る。夜と朝の狭間にだけ見ることが出来るその儚い現象に、ボク達は見惚れた。
「綺麗…」
春歌が呟く。ボクはその表情を記憶に焼き付ける。この空の色も彼女がくれた言葉も、ボクにとってまたひとつ、かけがえのない思い出になっていく。
やがて光は街の輪郭を鮮明に描き出し、新しい朝が訪れる。ボク達は静かに寄り添いながら、春歌がセットした目覚まし時計のアラームが鳴るまで、その光景をずっと眺めていた。