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BRING BACK LATER FINAL PHASE

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BRING BACK LATER FINAL PHASE


◆◆或る英霊の座・剣の荒野◆◆

 空を染める夕陽は赤く、少女の頬をも茜色に染めていた。
 その姿が薄れ、気づけば剣の突き立つ荒野にひとり立っている。
「っ……」
 膝から崩れ落ちた。
 倒れ込むことはなかったが、跪いたまま立ち上がることができない。
 私は何より、あの存在を失いたくなかった。
 座に戻って改めて知る。この座に縫いつけられた本体である私が切に願ったことを。
 士郎を連れ戻すことが、何にも代え難い最優先事項だったことを……。
「お前を失って……、私は……」
 記憶を刻んだ。
 確かに士郎と過ごした日々を、私は忘れることはない。
 ただ、それは、苦しい。
 その記憶が、ともに過ごした時間が、思い起こせば起こすほど、士郎を連れ還れなかったことが悔しい。
 ここに存在していた士郎の座が消えてから、士郎の残滓のような存在が守護者として召喚される私にいつも付随していたことを知った。だがそれも、士郎が消滅したことにより消えた。
 私は唯一守らなければならなかった、いや、守りたかった存在を、守れなかったのだと思い知る。
「何が守護者だ。士郎を守れず、何が……」
 憤りが、どうしようもなく溢れていく。
 片腕を身体に回し、空いた手で目元を覆う。
 私はこうやって嘆いては立ち上がってきた。
 だがもう、立ち上がることはできない。
「もう、私には何も……」
 擦り切れた正義など、とっくに役に立たない。
 あとは、命じられるままに殺戮を繰り返すだけだ。
「ああ、結局……」
 そこに戻るのだ。
 小僧との決着で一応の答えは得たが、私の想いは灰になった。
 もはや、戻りはしない。
 熱く求めた想いも、恋い焦がれた情熱も、あの途轍もない安堵も、この手からすり抜け、こぼれ落ちていった。
「士郎……」
 もう答えてもくれないのか、お前は。
 もう、抱きしめることもできないのか、お前を……。
 乾いた風の音だけが聞こえる。
 こんな永遠があるだろうか。
 こんな恐ろしい、永遠が……。
 これが……永遠に続くのか……。
 絶望など、やり尽くしたと思っていたが、まだあった。
 私は、お前がいないという絶望に、耐えられるのだろうか。
 お前がいない、この私の永遠が、終わりのない私の運命が、私を喰らい尽くし、“私”というものを消し去ってはくれないものか。
 誰も泣かない世界を求めて、私が選んだ運命だというのに、私はそれを手放したいと思っている。
 愚かだ。
 エミヤシロウは、やはり、愚かでしかない。
 いつも後になって気づくのだ。後悔という刃に貫かれてから、失ったものの大きさに。
「士郎……」
 こんな掠れた声では届きはしない。
 もう見る影もない士郎を想っても、この腕の中には戻ってこない。
「士郎……」
 呼ぶことしかできない。
 士郎は何も残してくれなかった。だから、何度も呼ぶ。
 もうこの名しか、私には残されていないものだから……。



◆◆現世・ロンドン◆◆

『花を見つけたんだ』
 ――え……?
『あれ、遠坂に似合うと思って』
『士郎、凛にはこちらの方が似合う』
 ――え?
『そうかな? こっちもいい』
『む……。そうだな、それもいい』
 ――えっと……。お花を選んでくれるのはありがたいけれど……。完全に二人の世界じゃないのよ! あんたたち!

「はっ!」
 何度か瞬く。
「あ……、あれ? えっと……」
 身体を起こして室内を見渡す。見慣れたアパートメント。
「……ふ、ふふ……、もう、なによぅ。私の夢の中でもイチャイチャしちゃってぇ……」
 懐かしい二人を夢に見た。
 あれからもう二年が経とうとしている。シロウが消えて、アーチャーと契約を終えて……。
 私と士郎は、今、ロンドンで魔術師となるために勉強中だ。
 もちろん、セイバーもここにいる。
 ずいぶんと士郎は魔術師としても成長して、セイバーを問題なく現界させるくらいはできるようになった。それでも魔力量の絶対的な少なさは仕方がないんだけれど。
 最近では、夜回りなんてものを二人ははじめている。あまり、講義が身に入らなくなるようなことはするなと言っても、聞き分けないのが士郎だ。自己管理を怠らないことを念頭に、ってことで、私も半分諦めている。
 士郎の理想は今も変わらない。正義の味方は、もう止まらないみたいだ。
 反面教師は役に立ったのか、立たなかったのか、いまだ答えは出ていない。
「それにしても、なーんであんな夢見ちゃったのかなー」
 心当たりはある。
 士郎と図書館で見つけた古い記録。その内容は、あいつを想起させた。
 消えてしまった、嘘つきだったシロウ。
 アーチャーがたった一つ、離したくないと願った存在。
「白のマントに、藍色の衣服、草木模様の籠手……」
 私たちが見た、シロウの正しい英霊の姿。
 それが、古代アジアの伝承記録として少ない記述ながらも残っていた。
 他にもないか、と、士郎と図書館の閉館時間まで関連する記述をあさったけれど、それらしいものは他には見当たらなかった。
 興奮したのは束の間で、あとは気が焦るだけで、なんの成果も上がらない。
 あの頃と何も変わらない状況に陥った気がして、教会の神父から聞いた話を思い出した。
 “契約すら反古にするような縛りがある”
 老神父は確かにそう言った。
 聖杯戦争後に言峰教会の後任となった老神父は、一概にこれというものはわからないけれど、現行の契約の縛りが弱ければ、それよりも強い英霊としての縛りを受け、強制的に消えてしまうことはあるのかも知れない、というようなことを言っていた。
 確かに聖杯もなく現界をして、たかだか魔術師一人の契約……、しかも孫契約だったし、縛りは弱かったでしょうね。
 あの時は、もう二人がいなくなった後だったからすぐに忘れてしまったけれど……。
「シロウが消えはじめたのは、あの概念武装が成立した後から……」
 老神父の言葉を鵜呑みにするわけじゃないけれど、あれを契機に英霊としてのシロウが正式に登録されたと考えられるんじゃないかしら?
 どういう英霊かはわからない。だけど、あの記述には、人々を導いた、とかなんとか……。
「私が孫契約なんかじゃなく、シロウときちんと契約をしておけば……」
 後悔ばかりが胸を掠める。
 私がシロウと直に契約して、アーチャーともどうにか並行的に契約ができれば、シロウは消えることはなかったんじゃないかと思ってしまう。
「まあ、私に、シロウの縛り以上の力が無ければ意味はなかったんだけれど……」
 それでも、打つ手があったなら、何か手を尽くしたかった。あの時の私たちは、本当に何もできなかったから……。
 それに、シロウを見送ることもできなかった。さよならも何も言えなかった。
「…………」
 いいえ、もう、済んだことだわ。
 今さら悔やんでも仕方がないこと。時間は戻りはしないもの。
 気を取り直して、さっきの夢を思い起こす。
「それにしても、なんだったのかしら? 変な夢だったわね……」
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ