BRING BACK LATER FINAL PHASE
シロウが私に似合う花を見つけたと言って、アーチャーがこっちの方がいいって言って、やっぱり、これもいいって、シロウが別の花を持ち出して……。
「どれもこれも赤い花だったけれど……」
そんなに私、赤いイメージなのかしら?
ベッドから出て、共有スペースのダイニングキッチンに入ると、すでに朝食が完成間近だった。
「おはよ、遠坂」
「おはようございます、凛」
いつもの挨拶、いつもの笑顔。
あれから見ることのなくなった笑顔は、もう……。
「おはよう、士郎、セイバー」
やめやめ。朝から湿っぽくなっちゃう。
それもこれも、あんな、ありふれた二人の様子を夢に見たりしたからよ、まったく。
「どした? 遠坂? 寝不足か?」
「んー。夢見が悪くってねー」
「なんか……、遠坂が言うと不吉だな……」
「どういう意味よー」
士郎はずいぶん背も延びて逞しくなった。もうシロウの背は追い越して、アーチャーに届きそうなくらいに。
けれど、あの頃のような無茶はしない。それはたぶん、セイバーがいいブレーキになっているんだと思う。
いい師弟だなと最近感じている。まあ、士郎は、私の弟子でもあるんだけどね。
「セイバー、ごめんね。ここは時計塔の学生しか入れなくて」
「いいえ、大丈夫です。この庭園は私の気に入りの場所ですから」
魔術協会専用の図書館には、関係者しか入ることができないから、学生証のないセイバーには、敷地内の庭園で待っていてもらうことにした。
できるだけ早く戻るから、と言えば、セイバーはにっこりと笑う。
「気がすむまで調べてください。シロウのことなのでしょう?」
「ええ。だけど、何か目星がついているわけじゃないから、時間が――」
「大丈夫ですよ、凛。私も、シロウのことが知りたいですから」
セイバーは金の髪を揺らして笑った。
こういう時、彼女は王様だったんだなって、つくづく思う。
何かが目に見えるわけじゃないけれど、確固たるものを持っていると思わせられる。
「それじゃあ、セイバー、お言葉に甘えて」
「ええ、存分に調べてきてください」
セイバーに手を振り、士郎とともに図書館に入る。私と同じで、見送ることのできなかったセイバーのためにも、何かシロウの手がかりを掴みたい。
そう思い立って、図書館に来てみたものの……。
「すごい量よね……」
目録だけでも目を通すのに時間がかかりそう……。
「片っ端から見ていくしかないか」
士郎は腕まくりをして、さっそく作業に取りかかる。
「そうね。尻込みしていてもはじまらないわね」
私も気合を入れて目録を手に取った。
図書館に通い詰めることほぼ一か月、なんの成果も上がらない。いつだったか、こんなふうに蔵書あさりをしたことを思い出す。
あの時は、二人がいた。まだ、あの時は……。
「ふぁ……」
講義のレポートなんかもあるし、そればかりにもかかってはいられないから、なかなか作業が進まないのは仕方がないんだけれど……。
ベッドに入って、また見られるかしら、と少し期待する。
あの日から――花を選んでくれる二人の夢を見てから、よく二人の夢を見る。
見られるといいな、と楽しみにしてしまっている私は、ずいぶんとあの二人のことが恋しい、あ、違う違う、心配らしい。
また夢で会えるかしらと、淡い期待を浮かべながら眠りにつくことが最近増えていた。
『アーチャー、これはどうだろう?』
『凛には、こちらの方が似合う』
『そうだな。それもいい』
二人はドレスを選んでくれているみたいだ。
おしとやかな物から、セクシーな物、前衛的な物、チャイナドレスなんて物もあって、多種多様な物をあれこれと相談しながら選んでいる二人。
――でも、やっぱり、赤なのね……。
まあ、いいわよ。もう赤で。
そうね、私は赤い物が似合うのよね。
うんうん、ありがと、ありがと。あんたたちが選んでくれるってだけでうれしいから、ほんとに。
少し呆れながらだったけど、二人の相談ごとに付き合っていれば、二人とも私を見て笑う。
ああ、そうだった。
思い出す、懐かしい想い。
――私……、私ね、あんたたちが笑ってるのを見るの、すごく好きなの……。
思わずこぼしてしまって、
『そうか』
『それは気づかなかったな』
シロウとアーチャーが驚いたような顔をする。
――うん、好きなのよ……。
少し切なくなって、二人の姿が滲んだ。
「はっ!」
何度か瞬く。
「あ、あれ?」
ぼやけた視界が不快で目を擦る。
「あ……」
手が濡れていた。
「私……」
泣いていたんだと気づいた。
身体を起こして、窓に目を向ける。
「夢を見て、泣くとか……」
何をやっているのかしら、私。
少し自分自身に呆れる。
子供じゃないのよ、私はもう。
布団に置いた手を握りしめる。
もう子供じゃない。
あの頃とは違う。
私は、あの頃にだって魔術師としての自負があった。冬木の管理者を務めている気概も矜持も持っていたわ。だけど、アーチャーとシロウに私は何もできなかった。ただ契約をして、現界を助けただけで……。
アーチャーは私のおかげだと言ったけれど、そんなことはない。
私はシロウをどうにかしたかったけれど、結局シロウを変えたのはアーチャーだったし、シロウに影響を及ぼせるのもアーチャーだった。
「本当に、あなたたちが笑っているのが、私は好きだったのよ……」
ぽつり、とこぼれた声は、ほとんど音にならなかった。
***
この頃、遠坂はぼんやりしていることが多い。
たぶん、あいつらのことだろうと思う。俺が見つけた記述は、遠坂に忘れていた気持ちを思い起こさせたみたいだ。
二年近く前、遠坂は、あいつらが消えて、心底悔やんでいた。
自分にできることがもっとあったはずだと、何も手を打てなかったことに憤り、後悔ばかりだと憚らずに口にした。
そんな遠坂に、俺も役には立たなかったし、あいつらが消えるのを結局は傍観していただけだけど、それでも、あいつらが笑っている時間があったじゃないかと訴えた。
完全なる無駄じゃなかった。あいつらが笑い合っていた時間は少なかったけれども、確かにあったのだから後悔するなと、遠坂が前を向いていないとあいつらも納得しないと、俺は、自分でも驚くほどするすると出てきた言葉で遠坂に訴えていた。
だって寂しいじゃないか。あんなに笑ってたのに、最後が良くなかったからって、全部がダメだと決めつけるのは。
遠坂は俺に諭されたことが悔しかったのか、悔しげな顔を隠しもせずに、わかったわよ、と不貞腐れて言った。
「もう、後悔は忘れる」
そう宣言して、遠坂は本当に自分の感情をコントロールして切り替えた。それが魔術師としての一面だと、俺はあの聖杯戦争の頃から知っている。
遠坂は、幼い頃から培っていただろう魔術師としての面と、普通の少女の面を併せ持っていた。
今もたぶん、それは変わらない。ロンドンに来てからは、ほとんどが魔術師の面ばかりになっていたけれど、最近は、少女の……、あ、いや、もう女性だな、その普通の面がちらちらと見え隠れする。
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ