BRING BACK LATER FINAL PHASE
士郎を失った恐ろしい永遠は、消え失せた。恐れた永遠ではなく、こんなにも幸福な永遠がやってきた。
つい性急にコトに及んでしまい、士郎に髪を引っ張られる。
「も、少し、ゆっくり、で、」
「…………」
まったく……。
やはり、こいつは私を煽ることしかしないようだ。
「後でそうする」
「なっ、なん、でっ、ン!」
不満げな声を、やはり私はキスで塞ぐ、“いつも”のように。
「士郎……」
「ん」
呼ぶことしかできなかった。その名しか私には残されていなかった。
だがそれも、終わりだ。
この腕の中に士郎がいる。熱く私を受け入れる士郎が、ここにいる。
愛しい者を抱きしめる喜びを、私は再び味わうことができた。誰に感謝するかと言えば、士郎だろうな。いや、他にも、凛やセイバー、小僧にも一応。
ただ、今は、ここに還ることを望んだ士郎に、感謝したい。
それに尽きる。
◆◆現世・ロンドン◆◆
「セイバー、お待たせー」
手を振れば、金の髪を揺らして振り返る少女。
その手には白い百合の花が一輪。
私たちが図書館に入る前には持っていなかったわよね?
「どうしたの? どこかで摘んできたの? また長くなっちゃったものね、ごめんなさい、セイバー。だけど、成果は……、セイバー? どうしたの?」
呆然としているセイバーに首を傾げる。
どうしたのかしら、こんなセイバーは珍しい。
「あの、さ、先ほど……」
セイバーは、まだ呆けた様子だ。
「さっき?」
「ええ。シロウが……」
「え……? 士郎? 士郎はずっと、私と――」
「いえ、シロウです!」
強い語気に目を丸くした。セイバーの言うシロウって、まさか……?
「シロウが、現れて……、アーチャーと、シロウが……、この花を、アーチャーとシロウが……」
後は言葉にならない。
セイバーは、ぼろぼろと泣きだしてしまった。
思わず抱きしめた私も、同じように涙があふれた。
「あいつら……。カッコつけやがって……」
士郎が、少し呆れたみたいな声で言ったのが聞こえた。
落ち着きを取り戻したセイバーに詳しく訊くと、彼女の前に現れたのは数瞬だけだったという。
不意に風が吹き、眇めた目を開くと、二人分の人影があった。
「隙だらけだぞ、」
一人が言えば、
「セイバー」
もう一人がその後を引き取って言った。
その懐かしい声に驚く間もなく、穏やかに微笑む二人の姿に唖然としていれば、白百合を一輪渡されたという。
「あ……の……?」
「見つけた。セイバーに似合いそうだとアーチャーも言うから、渡しに来た」
話し方は変わらずにぶっきらぼうで、けれど、その顔にはあの頃には滅多に見ることができなかった穏やかな微笑みが湛えられていた。
「あの……、」
「じゃあ。セイバー」
片手を上げたシロウの腰にアーチャーが腕を回し、赤い外套と白い外套が翻る。
また風が吹いた。二人の姿が薄れていく。
『二人によろしく……』
その言葉を残し、風と共に二人の姿は消えていったらしい。
「シロウは……、シロウは、英霊になって、アーチャーと、会えっ、たの、ですね!」
涙ながらに訴えるセイバーに、そうね、と頷く。
「会えたのね」
セイバーと手を取り合って、私たちは頷き合った。
「いつか、私に似合う花を見つけたら、私にも持ってきてくれるのかしら?」
笑みながら、泣きながら、うれしいけれど、文句を言っておいた。
あの二人のことだから、私に持ってくる花は、赤色なんでしょうね、きっと。
夢の中の二人を思い出して、くすくすと笑ってしまう。
「いつか……。あいつらは、また現れるさ」
士郎には予感があるみたいだ。
「どうしてわかるの?」
「だって、あいつら、セイバーと遠坂のこと、大好きだからさぁ」
空を見上げ、士郎は呆れながら笑っていた。
◆◆何処かの時、何処かの地◆◆
「寒くないか?」
訊けば士郎は笑った。
「英霊に寒いか、なんて、普通は訊かない」
召喚された場所が高山のようで、雪が降っていてもおかしくはない冷風が吹くため、つい訊いてしまったのだ。
「笑うな……」
不貞腐れてみれば、手で口元を押さえ、士郎は堪えながら、肩を震わせて笑っている。
ムッとしつつ、
「さあ、ほら、行くぞ」
手を差しのべれば、迷うことなく重ねられる手。いつものように、私は士郎の手を取る。
引き寄せて、白い外套の上から細腰に腕を回し岩場から踏み出す。
「掴まっていろよ?」
いつもの言葉を伝えれば、士郎はしっかりと私の身体に腕を回す。
士郎とともに“仕事”に当たる。
血濡れた運命の歯車は今も留まることなく回り続けている。
だが、私はひとりではない。
もう、ひとりではないのだ。
「…………っ……」
片膝をついて、血の海を見渡す。
この光景には慣れたと言えど、胸糞悪さは拭えない。
「アーチャー」
呼ばれて顔を上げると、私に降る少し痛そうな笑顔。
「ここにいるよ。……俺が、ここに」
「ああ」
膝立ちで士郎に腕を回す。私の髪を撫で梳く手は優しい。
「士郎……」
「うん……」
私の頬に触れ、包み、私の目を真っ直ぐに見つめ、こつり、と額を当ててくる。
「ついていくよ、どこへでも……」
だから、と士郎は笑った。
「俺を離さないでいてくれ」
「ああ、当たり前だ」
澱みなく答えて立ち上がる。
「連れていく。どこへでも、どこまででも……」
士郎の身体を引き寄せ、笑みを湛える唇にそっと口づけた。
今、座に在る我々の本体も、こうして寄り添っていることだろう。
「さあ、還ろう。お前を連れて」
私の座に、いや、我々の座に。
血濡れた戦場から我々は仕事を終えて薄れていく。
繰り返す殺戮は、休息を与えられることもない、安穏すら望めない。
こんな運命に付き合うなど、正気の沙汰ではない。
だが、士郎は自ら選んだ、私の座に還ることを……。
遠い永遠の果てまで、離しはしないだろう、そんなお前を。
たった一つ、欲した存在を。
己がすべてを懸けて恋い焦がれた、士郎を――。
BRING BACK LATER FINAL PHASE 了 (2017/5/8)
作品名:BRING BACK LATER FINAL PHASE 作家名:さやけ