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彼にまつわるいくつかの

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「逃げるぞ、金吾っ!」
 それまで笑って喋っていたきり丸が急に腕を引くから、かけられた言葉とは裏腹に思わずその場に踏ん張ってしまう。
 だって仕方ないじゃないか。とても驚いたんだから。
 バランスを崩したきり丸がたたらを踏んで、げーって顔をする。一瞬、自分に投げつけられた態度かと思ったけれど、そうではないらしい。彼の視線は自分より後ろ、後方に向けられている。
「なんの用です?」
 げんなりという言葉がピッタリの声色だし、顔だってタダ働きするときみたいな表情。まだこの忍術学園に編入して間もないけれど、毎日顔をあわせている級友がどんな奴ぐらいはわかる。というより体験で教えられた。
 面倒見はいいけど、ちょっと飽きっぽい。なによりお金が絡むと人が変わる。それが金吾のきり丸に対する感想なのだが、ただこういう態度を見るのは初めてな気がする。
 まだこれが学園の外ならわかる。でもここは忍術学園の中で、きり丸が露骨に嫌がる相手って誰だろう? 振り返って確認しようとした耳に、笑いを含んだ声が響く。
「たまたま一年は組の忍たまたちの姿が見えたからな。私に挨拶したいだろうと思って来てやったのだ。なんといっても、先日は私の力添えがあったから課題が上手くいったではないか」
「………あれは余計なお世話って言うんですよ、滝夜叉丸先輩」
「それより、見かけない顔だな? 忍服からして一年生のようだが……」
「おれの話聞いてます?」
 一方的に会話を進める紫色の忍服の人。ツッコミ癖のあるきり丸が、げんなりしたまま手をヒラヒラと振っている。
 この学園の先輩たちは、とてもクセの強い人が多い。たとえば、後輩を驚かせるように顔を変えては現れる変装の名人・鉢屋三郎とか。きっとこの人も、そういう類のひとりなんだろう。金吾はまじまじと滝夜叉丸と呼ばれた人を見上げる。
 しかし同じ忍たまと思えない、この派手な印象はなんだ? 今まで見てきたどの忍たまとも違う。
「おい、私の声が聞こえているのか?」
「そういう滝夜叉丸先輩こそ、おれの声聞こえてます?」
 大きな目でこちらをじっと見つめてくる人が、軽く眉間にしわを寄せる。その移り変わる表情から、なかなか目が逸らせない。その視界の端で、きり丸ががっくり肩を落としている。
「名前は? は組なのか?」
「……皆本金吾です。先日、忍術学園に編入しました。以後よろしくお願いします」
 軽く小首をかしげて、彼は問う。さらりと、頭上高く結われた髪が揺れる。
 ああ、そうか。これは派手じゃない。綺麗だ。
 印象を少し書き換えながら、ピンと背筋を伸ばして挨拶をする。武士の子として、当然の行動だ。それにいたく満足したらしい人は、ニッコリと笑った。なぜだかわからないけれど、胸が跳ねる。
「金吾か。よい名前だな。それに挨拶がちゃんとできるのはすばらしい。この滝夜叉丸も、お前たちと同じ年頃には礼儀作法も完璧だったものだ。やはり完璧な忍たまたるもの、それぐらいは当然だからな」
 綺麗な口から立て板に水のごとく、溢れ出ていく言葉の数々。その怒涛の展開にあっけにとられていれば、軽く袖を引かれる。
「……金吾、逃げるぞ。滝夜叉丸先輩のぐだぐだに付き合うだけ無駄だ」
「え、でも……いいのか?」
「いいんだって、ほら、行くぞ」
 一応、目上の人に対する礼儀というものがある。それを無視するのはいいものかと、金吾的倫理観がストップをかける。しかし、いいからと再度袖を引かれれば、そういう決意も揺らぐわけで……。ちらりと見上げれば、綺麗な人はこちらを見もせずにうだうだと喋り続けている。
 そのとき、突然「あーーっ!!」なんて大声が響く。ぎょっとしたのは、金吾だけではない。滝夜叉丸も何事だときり丸が指差した方向に、身体ごと振り返る。
 その隙を突いて、ぐんっと引っ張られる腕。来い! と有無を言わせぬ目ヂカラに、問答無用と足が動く。
 ただ、やっぱり気になって一度だけ振り返れば、案の定怒ったらしい人は片腕を振り上げていた。ただ、追いかけてくる気はないようだ。
 変な人。幾度目かの印象を切り替えながら、地面を蹴る。校舎の角を曲がって、ようやく先行くきり丸の足が止まる。全力で走ったものだから、お互い、荒い息を吐きながらその場にうずくまる。
「あのな、金吾。学園内には色々お約束があるんだよ…」
 疲れたと天を仰ぎながら、きり丸が喘ぎと溜息とが交じり合ったものを吐き出す。それに習って空を見上げる。今日もとってもいい天気だ。
「お約束……?」
「そう。そのひとつが、滝夜叉丸を見たら逃げること。あいつの自慢話は本当に長いんだよ。なんでも自分は忍術学園ナンバーワンってウダウダと……。だから、関わんなよ」
 ああ、そういえば、さっきの話も自慢がすごかった。わかったと頷けば、きり丸は一応悪い先輩じゃないんだけどなと肩をすくめて見せる。
「なんていうか、面倒な先輩なんだよ。いずれ金吾も実感するぜ」
 ……なんて会話のあとで体育委員会に入ることが決まって、集合場所に行ってみればその面倒な先輩が嬉しそうに声をかけてくる。思わず身構えたけれど、よく来たな、って言われて嫌な気がするはずもない。―もっとも、その後の地獄はとりあえず語りたくはないけれど。
 そうして今日も今日とて、地獄のような活動が始まるのだ。なぜこんな苦行を選んでしまったのか、金吾はひとり走りながら後悔する。本当に辛いのだったら辞めてもいいんだと、土井先生も山田先生も言った。そう言われるこの体育委員会に恐れを抱いたのも事実だ。
 しかし、活動日になれば重い足取りになっても集合場所に向かってしまう。中途半端は嫌だとか、辞めたら負けだとか、そういう思いももちろんある。でも、多分、一番の理由は……。
「金吾、今日の体調はどうだ? 少し顔色がよくないようだが」
 すでに集合場所には他の体育委員たちが全員集まっていて、それぞれ準備体操をしている。こちらの姿に気づいた滝夜叉丸が、おやと小首を傾げる。おいでと手招かれ、白い指が額に触れる。
「熱はないようだが……」
「どうした? 病気か、金吾」
「いえ、そんなことはないです。大丈夫です!」
 滝夜叉丸の背後からにゅっと顔を出してくるのは、体育委員会委員長の七松小平太。六年、ここで身体を鍛えていれば、この先輩みたいに底なしの体力が身につくのだろうか。だったらいいなと思う。
 ぶんぶんと首を振って最後に大きく頷くと、ニカリと太陽みたいな笑顔を向けられる。
「よし。じゃあ、今日も走るか!」
「ちょっと待ってください、七松先輩。今日は学園内での活動にしましょう」
 慌てて止めに入る滝夜叉丸の向こうで、時友四郎兵衛と次屋三之助が固唾をのんで動向を見守っている。それはそうだろう。この結果次第で、今日の地獄が決まる。
「えー。じゃあ、バレーにするか?」
「……ええ、バレーボールにしましょう。四郎兵衛、三之助、ボールを取って来てくれ。金吾は、準備体操だ」
 滝夜叉丸の声に、はーい、と異なるトーンで返事を返す四郎兵衛と三之助は、仲良く手を繋いで走り出す。