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彼にまつわるいくつかの

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 最初はぎょっとして驚いたけれど、今ならその理由が痛いほどわかる。金吾だって三之助と一緒の行動を命じられたら、間違いなく手を繋ぐ。
 なにも知らない一年生は子供みたいだと笑うけれど、他の学年の忍たまは決して笑わない。それどころか、しっかりな、なんて同情視線とか励まし視線が飛んでくる。
 一方、年長のふたりは今日の活動の詳細について話している。
 小平太が宣言して、滝夜叉丸がそれを調整しながら舵を取るのがいつものことだが、今日は珍しくもめているようだ。大きな瞳がちらちらと金吾の方を見ては、小平太もこちらを見て頷く。自分が話題らしいけれど、なんのことだろうと柔軟をしながら首を傾げてしまう。
「金吾なら大丈夫さ。なぁ、金吾!」
 不意に大きな声で名を呼ばれ、「はい」なのか「ひゃい」なのかよくわからない素っ頓狂な声が出る。それに溜息を吐いて頭を抱える滝夜叉丸の背を、バンバンと小平太が叩いている。
 本当になにをやっているのだろう。でももう少ししたら、なにやってんですかって言いながら、三之助たちが戻ってくるに違いない。
 活動内容は辛いけれど、案外、慣れればここは心地よい。きり丸は信じられないというけれど、体育委員会の人たちは、困ったところはあるけど、みんないい人。だから、そんな人たちに「皆本金吾は情けない」なんて思われたくない。それが、金吾がここでがんばる一番の理由といえた。


「…まあ、賢明な判断だったね。裏山のさらに向こうで倒れられても困るから」
 体育委員会の面々が運びこまれた保健室で、本日の活動内容を聞き取った保健委員長・善法寺伊作は溜息と苦笑を入り混ぜるという、なかなか難しい顔をしてみせた。
 ひやりと冷たいお絞りを額の上に乗せられて、気持ち良さに金吾はほぅと息をつく。隣では四郎兵衛が、三年生の三反田数馬に介護されている。
 そのふたりを見守りながら、伊作と話していた滝夜叉丸は肺に溜まった空気をすべて吐き出すような勢いで、盛大に嘆いてみせる。普段なら、大げさだとかわざとらしいとか言われる仕草も、現状においてはもっとも相応しく見えるのだから不思議なものだ。
「七松先輩も、その点はわかって下さっていたと思ったんですが……」
「僕からも一応、話しておくよ」
 どうせ言っても馬耳東風だけど。いらぬ一言は胸にしまって、悩める後輩の肩を叩いてやる。それに体育委員会に所属する忍たまがオーバーワークで倒れるのは、ある意味毎年恒例のこと。今年はちょっと、倒れる回数が多いかな。そんなレベルなのだ、おそらく小平太にとっては。
 よろしくお願いしますと殊勝に頭を下げる滝夜叉丸の肩を励ますように、もう一度軽く叩く。
「君もお休み、滝夜叉丸。四年生はなにかと大変だろう」
「まさか。この何事にも秀でている滝夜叉丸にとってみれば、四年生の授業もたいしたことではありません。もっと高度であってよいぐらいなのですから……」
 ぐだぐたと始まる自慢話に、数馬の頬が引きつる。その自慢スイッチを入れた当人である伊作は、動じることなくてきぱきと周囲の物を片付けている。
 これが慣れというものなのか。数馬が委員長を意味もなく尊敬していると、整理し終わった伊作が二度ほど手を叩く。全員の注目が集まったところで、ニッコリと彼は笑う。
「時友たちを少し眠らせるよ。あとは僕たちに任せて、滝夜叉丸も休むんだよ、いいね」
 言葉も態度も柔らかいのに、有無を言わせぬオーラがあるのはなぜだろう。
「…わかりました。あとはよろしくお願いします」
 頭ひとつ下げたものの、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、滝夜叉丸は保健室を出て行く。トンと扉が閉まる音が響いて、数馬が詰めていた息を吐いた。
「…………本当に、すごい人ですね」
 このメンバーで一番滝夜叉丸に対する免疫が少ないのだから、仕方ない反応かもしれない。後輩の素直な感想に伊作も静かに笑う。
「昔に比べたら、あれでも可愛くなったんだよ、彼は」
「昔…?」
 突然、まさに思いがけず落ちてきた言葉に、後輩三人が異口同音に反応する。よほど変な顔をしていたのか、伊作が口元を隠す。
「うん。彼は一年のころから体育委員会だから、何度もここに来ているんだ。だからよく知ってるんだけど……」
 四郎兵衛と金吾が思わず顔を見合わせれば、額に置かれていた手ぬぐいが落ちる。それを拾い上げた数馬は、首を傾げる。
「じゃあ、昔はもっと自慢が長かったとか……」
「その逆だよ。全然喋る子じゃなくてね。…本当に、明るくなったよ」
 ますますもって信じがたい。え、と呟いたまま固まった数馬の手から、ぽとりと手ぬぐいが落ちる。
 あの、口から生まれたんじゃないかというぐらいの自慢屋の滝夜叉丸が、喋らない? まったく想像がつかないと、またも四郎兵衛と金吾は顔を見合わせる。
「―滝夜叉丸先輩って、昔はどんな人だったんですか?」
 おずおずと金吾が尋ねれば、またもニッコリ笑った伊作の手に拾われたお絞りによって、視界が塞がれる。
「それはまた今度ね。お喋りは止めて、目を閉じるんだ。季節の変わり目は、体調を崩しやすいものなんだから」
 いつも以上に疲れやすくなったり、疲労を蓄積したり。それがきっかけで病気になったりするもの。だから神経質に学園内での活動をしようとがんばった滝夜叉丸のことを思えば、ここで風邪などひかせては保健委員の名折れだ。布団の上から、寝かしつけるように軽く胸を叩いてやる。
「……部屋に戻ってもいいけど、ゆっくり寝るならこっちのほうがいいだろう? 起きたときなにか食べられるように夜食も用意しておくから、安心していいよ」
 まあ、うっかり興奮させちゃったから難しいかもしれないけれど。
 そんな伊作の心配は杞憂らしく、目を強制的に塞がれた子供たちは、あっという間に睡魔に口づけされたらしい。返事もそこそこに寝息を立てはじめる。バレーボールと塹壕掘りでぶっ倒れたあとなのだから、今まで起きて喋っていたことのほうが奇跡的かもしれない。
 やれやれと肩を回すと、物問いたげな瞳がひとつ、ちらちらとこちらを見ている。それに気づかぬ振りで、また伊作は微笑む。
「ああ、三反田もお疲れ様。もう一手間だけど、食堂に行ってふたりの夜食のおにぎりを貰って来てくれないかい?」
「…あ、はい。わかりました」
 存在感の薄さにかけては、忍術学園ナンバーワン。そんな物静かな三年生は、我を通すことをあまりしない。今もこうして、滝夜叉丸の話を聞きたい素振りは見せても、食堂へ小走りに向かって行く。もっとも聞かれたところで、素直に教える気はないのだが。
「……まずは彼らが先に知るべきだしね」
 スースーと部屋に響く寝息の二重奏。それに目を細めた伊作は、新野先生に報告するために立ち上がった。

***

「滝夜叉丸先輩が昔は無口だったって、本当でしょうか」
「うーん。ぼくが知ってる滝夜叉丸先輩は、ちゃんと喋る人だから……」
 想像がつかない。軽く肩をすくめて、四郎兵衛は冷たいおむすびを頬張る。
 すっかり夜も更けた学園は、表向きはとても静か。金吾もまた自分のために作られたおむすびを、息を潜めて咀嚼する。