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傷口

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「だからさぁ」

ソコがもうワケ

「サッパリ解んないワケ。俺にはさぁ」

いつ終わるとも知れぬ
平和島静雄に関する繰り言を

へえぇそうなの
フンフン
それは大変だったねぇと
聞き流すのが
岸谷新羅の日常のひとこまだ

彼は今
折原臨也の手当ての最中で
もろ肌脱いだ背中の傷口を縫合している

「ハイ。縫合終わり。毎度どうも。これ報酬額ね。」
「っていうか新羅の診療報酬の額って時々」

不当に高いよねと
折原臨也は
ヒラリと提示された紙切れの額だけ
数枚の万札を差し出しながら口の端で笑う

「これって完全に人の足もと見た料金設定だよねぇ?」
「あはは。まぁそうとも言うよね。でも妥当じゃない?」
「闇医者ってのは儲かるもんだよね。」
「うん。古今東西、闇医者は人気の職種なんじゃないかな。」
「人気の、ねぇ。」
「そう言えば静雄は」

最近また一段と人気者だよねぇと
折原臨也の急降下する機嫌を気に止める風もなく
縫合処置の後片付けをしながら
のんびりと言えるのは
この岸谷新羅という男がある意味
折原臨也との利害関係によって
彼自身の安全はある程度確保されている所以か
それとも彼特有の気質によるものかは不明だ

「さぁ?俺は知らないね。」

シズちゃんが
何処で誰と何してようとさぁ

不機嫌に言い放ち脱いでいたシャツを着ようとして
縫ったばかりの傷が引き攣れて
折原臨也は少し息を飲んで唇を噛む

「あぁ、そこ場所が悪いから」

気をつけないとまたすぐに傷口が開くよ?

岸谷新羅が言い

「まぁ僕としてはまた来て貰えるならその分儲かるから」

いいっちゃいいんだけどね

医者としてあるまじき発言でニコリと笑う

「・・・ちょっとこれ」

縫合ちゃんとしたの
乱暴なんじゃない?と
背中の傷を覗き込むように折原臨也が身体を捻っていると
「傷口、見る?」と岸谷新羅が手鏡を差し出して
ベリリとさっき貼ったばかりのガーゼを剥がす

「どうも。・・・わぁ結構開いてたねコレ。」
「そうだね。11針縫ったかな?イヤ12?」
「これちゃんと縫ってんの?」
「さぁ?他の医者と比べた事あまり無いからね。」
「やっぱ適当なんじゃない。サイテーな闇医者。」
「あはは。だって闇医者だからね。」

そしてガーゼを貼り直してやりながら

「これ、静雄?」と
またしても
折原臨也の地雷を踏むようなことを言う

「・・・俺が」

シズちゃん以外とやり合うなんて事

「想定外だって言い草だねぇ?」
「はは。そんな事は無いよ。現に」

そっちとかこっちの痣

岸谷新羅は折原臨也の肌の上に残る
幾つかの薄い痣を指さして笑う

「それは静雄じゃないよねきっと。手首の痣も。」

それを聞いた折原臨也の目が
ぎっと一瞬剣呑に光り
しかし逆に口元はフッと笑って
いつもの柔らかな口調で彼は言う

「へぇ。何故?」
「一応闇でも医者は医者さ。特に君と静雄の喧嘩の傷は」

もう何十回も
もしかしたら何百回も見てるから

「痣の違いくらい見分けられるよ。どう?見直した?」
「へぇ・・・。そうだねちょっと見直したよ。」
「はは。そりゃ良かった。で?ソレ」

岸谷新羅はシャツを着るのを手伝ってやりながら
折原臨也の手首にぐるりと残る傷跡を目でさす

「どうしたの?っていうかどう見ても縛られた系だけど。」
「そうだね。そっち系かもね。」
「痣の薄さから見て相手は強く無いよね。」
「だね。ジィさんだし。」
「また?あぁそれで静雄を怒らせたわけか。」

ハイハイ
解ったよと
岸谷新羅が笑って折原臨也に渡す為の薬を用意する

「人の趣味に口出す気は無いけど」

一応静雄と付き合ってんなら

「誰彼無しに身体使うのは止めた方がいいんじゃない?」
「趣味って何。仕事だよ仕事。情報屋に必要な仕事さ。」
「そうなの?情報屋って皆そうなの?」
「さぁ。他の奴らのやり方は知らないけどね?」

いつもの上着を着た折原臨也が
クセのように肩を竦めようとして
傷口の痛みに顔をちょっと顰める

「けど縛らせた上に殴らせてソレで帳尻合うの?」
「まぁ縛られるまでは想定内だったけど」

いい気になって殴られた時には

「一瞬蹴り返してやろうかと本気になりそうになったよ。」

まぁ
一瞬だけだけどね

折原臨也はくすりと笑う

「あんなジィさん、俺が本気で蹴ったら死んじゃうし。」
「どっちにせよ相変わらず薄暗い商売やってるねぇ。」
「新羅に言われたく無いねぇ。」
「あはは。そうだった。コレ痛み止めと解熱剤ね。」
「どうも。」
「今もちょっと発熱してるけど上がりそうだから」

今日は大人しくしといた方がいいよ

言われた言葉に手だけ挙げて答え
折原臨也が馴染みの闇医者のマンションを出ると

出たところの植え込みの淵に腰を掛け
スパスパ
迷惑防止条例を省みずいや知らないのだろう
威勢良く煙草を吸う男が
顔を上げた

そしてそれを見て
如何にも楽しげに
折原臨也がぴょこりと撥ねる

「わぁ。こんなトコで何してんのシズちゃん?」
「・・・休憩だ馬鹿。」
「あっそう。じゃぁねぇ?」

サヨーナラーと手を振って
行こうとした手を
後ろから伸ばされた手が思い切り掴む

「・・・乱暴に引っ張んないでくれるかなぁ?」

結構
傷口痛いんだよね?と
折原臨也が不敵に微笑んで振り返るとそこには
薄紫の眼鏡の奥の
じっと見つめる鋭い瞳

「手前。俺前も言ったよな?」
「何の話?」
「何度も蒸し返させんな。身体売んなつったろ。」



「あのさぁシズちゃん?」



にっこりと
小首を傾げて折原臨也は
ここ一番の自慢の笑顔で
綺麗に微笑み
言葉を告げる



「世の中は需要と供給。俺は情報が必要だし」

情報を持ってる奴が例えば引き替えに俺の身体が必要なら

「そこで需要と供給がきちんと成り立つわけじゃない。」

ビジネスだよただの

「シズちゃんには理解できないにしてもね?」




「あぁ。理解できねぇな?したくもねぇし。」




「じゃあしなくていいからさぁ?」



せめて俺の仕事の邪魔すんのは止めてくれない?と
微笑みを深くすると同時に
突き出すナイフ

「一々いちゃもん付けられて追っかけられたんじゃ」

コッチは仕事の効率悪くって仕方ないんだよねぇ

「新羅に支払う診療費だって馬鹿になんないしさぁ?」

もうホント

「邪魔しないでくれるかなぁ?」

俺の身体を俺がどう使おうがシズちゃんには

「関係無」





かわした、と
思ったつもりがそうでは無くて
衝撃で呼吸が出来なくなった折原臨也は
クソ熱のせいかなしくじった、と
落ちる意識の途中で自分を叱咤し
そして
どさりと何かに包まれるような感触の中で
完全に意識を手放した





「・・・よぉ。」
「・・・何してんのさ」

シズちゃん

再び戻る事になった岸谷新羅の家で
目を覚ました折原臨也の側
平和島静雄は火をつけない煙草を咥えて
不機嫌に貧乏ゆすりを繰り返していた

「あぁ?手前がぶっ倒れたせいだろうが?」
「・・・それ理論おかしくない?ぶっ倒れさせたの」

シズちゃんだよね

折原臨也は言い
作品名:傷口 作家名:cotton