ヒカリ 1
シャアはゆっくりとアムロの前まで来ると、その顎を掴んで上向かせる。
「良い瞳をしている。戦士の瞳だ。」
「何が目的だ!?」
直接攻撃を仕掛けずにわざわざ潜入して来るなど何か目的がある筈だ。
シャアからのプレッシャーに押し潰されそうになりながらもアムロはシャアを睨み付ける。
シャアはニヤリと口端に笑みを浮かべアムロを見つめる。
「君だよ。」
「なっ!?」
「アムロ・レイ。連邦軍技術士官 大尉 テム・レイとカマリア・レイの一人息子。地球のロサリトで生まれ、5歳まで過ごす。その後母親と離別し、父親と共に各コロニーを転々とした後UC0078年サイド7に移民。父親譲りの頭脳で工学知識に明るく機械技術の腕も持ち合わせており、いくつかのロボット技術コンテストで優勝を果たしている。」
「何でそんな事!」
動揺するアムロにシャアは笑みを浮かべる。
「少し調べればこれくらいの事はすぐに分かる。」
「スパイか…」
ブライトが呟くとカイが顔を顰める。
ジオンはおそらく連邦に多くのスパイを潜り込ませている。中にはミハルの様に民間人も…。カイはギリリと唇を噛み締めた。
「君がガンダムをあれ程までに操れるのはニュータイプ能力だけでなく、豊富な工学知識と技術そして優れた反射神経と運動能力を併せ持っているからだろう。」
「だからなんだって言うんだ!僕を殺すのか!?」
尚も睨み付けるアムロにシャアが笑い出す。
「そうそう、その勝気な性格も要因の一つだろう。君には随分と煮え湯を飲まされた。君を放置しておいては我々に都合が悪いのでな。君には捕虜として私の元に来てもらう。」
その言葉にブライトが叫ぶ
「待て!アムロは正規の軍人ではない!彼にガンダムに乗る様に指示したのは私だ!彼に責任は無い!捕虜にするならば私を連れて行け!!」
ブライトの意外な言葉にアムロは驚き、ブライトを振り返る。
いつも自分を怒鳴りつけて、上から命令を下す男が自分を守ろうとしてくれている。
「そのようだな…。アムロ・レイに関わらず、この艦は子供ばかりだ。正規の軍人は君とオペレーターの二人…あと数人か?それも士官学校を出たばかりの新人だろう?連邦はこんな状態の艦に陽動作戦をさせなければならない程余裕が無いと言うことか。」
ホワイトベースが陽動と気付いている事に驚くと共に、勘付いていながら執拗に追いかけてくるシャアにブライトは違和感を覚える。
『シャアは何を考えている?セイラの兄、キャスバル・レム・ダイクンはザビ家に復讐する事が目的であって、この戦争の勝敗はどうでも良いという事か?その目的を達成する為にアムロが邪魔なのか?』
ブライトはシャアを睨みつけ拳を握り締める。
すると、そこに新たに拘束されたクルーが艦橋へと連れて来られる。
その中にはハヤトとジョブ・ジョン、そしてセイラの姿があった。
シャアの姿を目にしたセイラが思わず叫ぶ。
「兄さん!?」
その声に艦橋が騒めく。しかし、それを気にするでもなく、驚くセイラにシャアが視線を向ける。
「セイラ・マス。お前の兄、エドワウ・マスは死んだよ。あのシャトルの事故で…、いやキシリア・ザビによって暗殺された。私は君の兄ではない。シャア・アズナブルだ。」
「っ…!」
シャアのあまりにも冷たい言葉ににセイラは声を発する事が出来なかった。
「では、アムロ・レイ。我々と共に来てもらおうか。」
兵士がアムロの腕を引き、立ち上がらせる。
すると、横からフラウが兵士を突き飛ばしアムロから引き離す。
「ダメよ!アムロを連れてなんか行かせない!」
「フラウ!?」
突き飛ばされた兵士は起き上がると激昂してフラウに手を上げた。
「きゃあ!!」
フラウはアムロを庇いつつ目を閉じた。
「フラウ!」
バンッという衝撃音が艦橋内に響き渡る。
衝撃音を聞いたのに痛みを感じない事に驚いたフラウが目を開けると、自分を庇って殴られただろうアムロが口端から血を流して倒れていた。
「アムロ!!」
尚もアムロに摑みかかる兵士からアムロを庇おうとフラウがアムロに覆いかぶさる。
「ガザル准尉!止めろ」
「しかし、大佐!!」
「准尉、下がりたまえ。」
シャアの絶対零度の声にガザル准尉はビクリと身体を震わせると後ろに下がっていく。
「アムロ・レイ。君が素直に従ってくれれば他のクルーに危害を加えない。我々が撤退した後もこの船に攻撃をしないと約束しよう。」
アムロはシャアを睨み付けると起き上がり、心配そうに自分を支えるフラウに視線を向ける。
そして、手錠を嵌められ手の自由が効かないアムロは自分の額をフラウの額にそっと当てて囁く。
「フラウ、今までありがとう。大好きだったよ。」
優しく微笑むアムロにフラウの瞳から涙が溢れ出す。
「嫌よ!そんな永遠のお別れみたいな事言わないで!」
アムロはそっとフラウの頬にキスをすると立ち上がり、シャアへと向き合う。
「みんなには絶対に危害を加えないんだな!」
「ああ、約束しよう。」
「アムロ!!」
叫ぶブライトに向き直ると、アムロは姿勢を正し礼をする。
その顔は覚悟を決めているようだった。
「アムロ…」
アムロはジオン兵に連行されガンダムと共にホワイトベースから連れ去られて行った。
クルー達はただ、その後ろ姿を見つめることしか出来なかった。
to be continued.