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雪 ────蘇宅ノ一日────

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金陵では雪が降り積もる。

廊州には無かった光景だ。

寧国候府から去る事を決めたあの晩、金陵にはひっきりなしに雪が降った。
翌朝には、見事な銀世界となったのだ。
雪には長蘇も黎綱も、あまり良い記憶が無かった。
赤焔軍にいた頃、軍では厳冬期に雪中訓練があり、ひと月もの間ずっと雪の中で軍務を行う。
だからこその、あの赤焔軍の強さだったのだ。
そして、あの梅嶺、、、、。
雪を見れば二人共、辛い記憶が甦って来るのだ。

ところが、この雪に喜ぶ者もおり、、、、。飛流だった。
この冷たいだけの雪の、どこが良いというのか。
そこここから雪を集めて、雪の玉を作ったり雪だるまの様に大きくしたり、それはそれは楽しそうに、、、、。
飛流が遊んでいるのを見ていると、長蘇はまるで雪が楽しい物かのように、勘違いをしてしまいそうだった。飛流は、いつまでもいつまでも、飽きることなく遊んでいるのだ。
そんな姿を見ていると、長蘇までが楽しくなり、嬉しそうに遊ぶ飛流を見ているのがなんとも和むのだ。
─────私も、子供の頃は、雪が降れば心が湧いたな、、、。─────
林家の庭で、今の飛流と同じことをして遊んでいたのだ。傍には必ず景琰と霓凰がいた。
やっぱり雪だるまを作ったり、大きく大きくしたくて、、、、大きくなり重すぎる頭の部分を体の上に乗せることが出来なくなったり。
誰から始めるともなく雪合戦になり、2人で景琰を狙ったり、加減が効かずに思い切り霓凰にぶつけてしまい、泣かせたり、、、、、、。
そして遊びの最後は、決まって母に叱られた。
思い出しては、一人、笑わずにはいられない。
機嫌の良い長蘇の姿を見て、飛流も更に嬉しくなるのだ。
金陵では、真冬に近づき、日に日に寒さは厳しさを増し、地は凍てついていったが、雪が降ってしまえば、何故か幾らか刺すような寒気が緩むような気がしていた。寒くはあったが、昨日雪が降り出す前よりはほんの少しだが、気持ちも身体も楽な気がしていた。
こうして、飛流の遊ぶ様をいくらでも見ていたかった。

日中は陽が差し、陽の当たる所は暖かいが、黎綱も吉さんも長蘇が長い時間、冷たい空気に晒されて、身体を冷やしはしないかと心配でたまらぬらしい。
「宗主、廊下は寒いですよ。」
「ああ、、、」
もう、部屋の中に入って欲しい。
二人が注意をし、さも分かったように微笑み返すが、実は長蘇の心には届かない。

────
もう、少しだけ、、、。ここで見ているだけなのだ。風邪などひかぬさ、、。────

飛流を見ていると、一緒に遊んでいる気にもなり、様々な憂いを忘れてしまえる様な気にもなり。調子の悪さも忘れて、少しくらいならは、飛流と遊べるのではないか、、、そんな気にもなるのである。

「ウォッホ、ウォホン!!」

聞き覚えのある咳払いだった。医者の晏太夫である。
時間切れの様である。
何とも名残が惜しいが、、、、。
諦めて、室内に入って行ったのだった、渋々と。
飛流は、長蘇が視界からいなくなっても、雪の面白さの方が勝る様子で、雪遊びを止めるつもりは無い様だ。



急な引越しではあったのだが、元々、いずれかには越すつもりで、人手やら、もの入りの品やら、何かと用意は調えていたのだ。
片付けなども、案外着々と進んでいった。
台所なども、吉さんを中心にして進められ、昼前にはとうに終わって、昼餉の他にも午後の一休みに出すつもりで、何やら温かな甘い汁物なども拵えていた。
吉さんの甘い菓子や汁物は逸品で、蘇宅の者は皆楽しみにしているのである。

黎綱が、台所に顔を出す。
「あら、黎綱さん。」
「丁度良かった、これを宗主に持って行ってちょうだい。」
盆の上には、温かな団子入の汁物の様だ。良い香りがする。
わかった、と受け取り、台所を、出ようとして、「あっ」と振り返る。
「吉さん、宗主にお出ししたら私もここで食べるから、取っておいてくれ。」
吉さんが片付けの手を止めて、怪訝な顔をする。
「黎綱さんの分は、さっき飛流に頼んだんだよ。」
「もう食べたでしょう?」
「飛流が二人分の器を返しに来たわよ。」
さらりと言った吉さんの言葉に愕然とした。
「飛流!」
「吉さん、私は食べてないよ。」
多分、自分は情けない顔をしてるかも知れない、そう思ったが、昼から楽しみにしていたのだ。
「飛流が、私の分を食べてしまったんだよ。」
「あらまぁ、飛流はそんな事する子かい?」
「大の男が、そんな顔してないで、、、ほら、冷めないうちに、宗主に上がっていただいて。」
「ほら、、ね。」
少し面倒くさくなったのか、吉さんは黎綱を追い立てる。

「吉さん、私は楽しみにしてたんだよ。今度は飛流に預けないで、ここに取っておいてくださいよ。」

「わかったから、今度はちゃんと宗主のと取っておくからね。」
「ほらほら、冷めちゃうわ。」
吉さんは、黎綱の話にもうそれ以上付き合う気は無いようで、台所であれこれせわしく動き始めていた。



夕刻になり、冷え込みが強くなった。
昼間は解けだしていた雪は、今度は凍り出していた。

飛流には、それも面白い。凍り始めた雪を潰すと、また違った感触があり、指先や足で潰したり、中々楽しい感触なのである。
朝はフワフワとしていた雪が、陽が傾き出すと今度は固くなる。どんどんと凍ってゆき、爪でも掻き取れなくなりそうだった。
━━━面白い〜〜〜。━━━━
新宅に来て、これだけの雪を見て、自分の思った様に丸めたり、手で溶かしてみたり、何も足跡の付いていない屋根の上を歩いたり。
ずっと雪で遊んでいた。
しだいに辺りは闇に包まれる。
空気はキンと澄み、今夜の空には星がいつもより沢山見える。
━━━、、、琅琊閣、、、。━━━
琅琊閣の空にも、星が沢山あった。琅琊閣の屋根に上がって、こんな満天の星を見ていた。
いつまでも綺麗な夜空を見ていたかったのに、どこからか邪魔が入るのだ。
夜空を、見ているどころではなくなった。
どこまででも追ってくるのだ。どうにも逃げ場がなくなり、長蘇の部屋に逃げ込んだ。
長蘇はいつも飛流の味方だった。
今晩はいくらでも星空を見ていれる。今は、琅琊閣の藺晨は、ここには居ないのだ。
ここに居なくてホッとするような、、、だが、どこか会いたく思う気持ちも、少しはある様な、、、、。
この夜空を見て、飛流は琅琊閣の空を想っていた。


どの位眺めていていたのか、体がすっかり冷えていることに気がついた。
━━━???変??━━━
どこか、体が変だった。
フワフワと地に足が付いた気がしない。
━━━前にもあった??━━━
いつだったろうか、、、。随分と以前に、こんな風に体がフワフワしたことがあった気がする。、、、、だいぶ昔のようで、よく覚えていない。

━━━戻らなきゃ━━━━
屋根の上からいつもなら、くるりと宙返りして、地面に派手に降り立つ事など訳もない、なのに今は宙返りどころか、、、ただ屋根から降りることすら難しく感じる。
なるべく、塀の低い所を探して、何とか庭に降りた。やっと足掛かりを探して降りた感じだった。疲労感にもおそわれる。
━━━痛い━━━━
頭痛もした。割れるように痛い。
屋敷の廊下に何とか辿り着き、靴ばきのまま上がる。